予備
優雅に一礼してから退室していくセバスの前で、プリシラもそのあとに続こうとする。
「じゃあ、それだけだから。部屋に戻るね(あんまり長居すると、迷惑になるだろうし)」
「待ってくれ、プリシラ!」
ハッとしたようにプリシラへ目を向け、ライアンは少しばかり表情を硬くする。
「疲れているところ悪いんだが、念のため復活薬の予備を作ってくれないか?」
「あっ、あの量じゃ足りない?(一滴で花壇一面蘇るほどの効力とはいえ、領地全体だもんね)」
「それは何とも言えない。恐らく、希釈して使うことになるだろうからな(プリシラの調合した薬は、どれも非常に強力。よって、鍋一杯分の量でも領地全体に行き渡るかもしれない)」
通常では考えられない出来の良さを思い浮かべつつ、ライアンは腕を組む。
「私が憂慮しているのは────同じ事態を招くことだ」
「どういうこと?」
どこか含みのある言葉に、プリシラは小首を傾げた。
と同時に、ライアンは執務机の上……書類の山へ、視線を移す。
「実は先程、ジェームズ達から報告が上がってな。あちこちから、除草剤……いや、無差別に植物を枯らす成分が検出されたらしい。いずれも、水はけの悪いところからだ」
「!」
「恐らく、昨日の雨……いや、水にその成分が含まれていたのだろう。そう考えれば、一斉に植物が枯れたことにも納得が行く(と、ヘイゼルが言っていた!)」
完全にヘイゼルの受け売りである。
ちなみに彼女は今、外出しているため屋敷に居ない。
「そして、これが過誤や事故ではなく故意だった場合、同じ目に遭う可能性を捨て切れん。だから、備えておきたい」
「なるほど」
合点が行ったとでも言うように大きく頷くプリシラに、ライアンはスッと目を細める。
「まあ、杞憂に終わってくれればいいのだがな。もしくは、何か起きる前に術者を捕獲するか」
(『把握』から、『捕獲』にランクアップしている。これだけ大きな損害を出せば、当然か。不幸中の幸いは、既に大半の作物を収穫済みってことくらいかな)
「とりあえず、術者の捜索はルークに任せるつもりだ。昨日、鳩を飛ばしたからそろそろこちらに到着する筈だ」
(ん?昨日?あれ?もう一日、経過していたの?)
部屋に籠っていて時の流れが麻痺しているプリシラは、目を瞬かせる。
────と、ここでライアンが扉の方を向いた。
「おっと、噂をすればなんとやらだな」
コンコンコンッというノック音を前に、ライアンは入室の許可を出す。
すると、平均よりやや小柄の青年……いや、少年に近いか。とにかく、男子が姿を現した。
「ルーク、よく来てくれた!」
ライアンは両手を広げて、歓迎の意を示す。
が、男子────改め、ルーク・ツヴァイ・レーヴェンは見向きもしなかった。
「ねぇ、プリシラも調査に加わるの?なら、僕は必要ないんじゃない?」
「私は参加しないよ。植物の復活薬を渡しに来ただけ」
「ふーん?」
プリシラのことを一瞥し、ルークは執務机の方に向かっていく。
その際、ハーフアップにした肩まである茶髪が小さく揺れた。
「調査資料は……これだね。ここに書かれていること以外で、何か情報や進展はある?」
書類の山からいくつか手に取り、ルークはサッと目を通す。
「ないなら、僕はもう行くよ。こんなのさっさと終わらせて、仕事に戻りたいからね」
こう見えて宮廷魔導師団の師団長であるルークは、多忙の身だった。
『早くしろ』と言わんばかりの圧を放つ彼の前で、ライアンは小さく肩を落とす。
「(うぅ……久々の再会だというのに、冷たい!)特にないが、実際に調査を行ったジェームズ達に話を聞けば新たなことが分かるかもしれん。確信を持てず省いた部分なんかが、あるだろうからな」
「分かった」
カチャリと眼鏡を押し上げ、ルークは金の瞳に扉を映し出した。
かと思えば、さっさとこの場を後にする。
「(本当に行っちゃったよ……我が息子、淡々としすぎじゃないか?反抗期?いや、わりと昔からこうだったな)」
スルリと自身の顎を撫で、ライアンは小さく息を吐いた。
その傍で、プリシラは口を開く。
「それじゃあ、私も行くね(なるべく早く、予備の復活薬を作らないと)」
思ったより深刻な事態であることを思い浮かべ、プリシラは今度こそ執務室を出た。




