四話
ヨラシルはレイナの話を聞き、険しい顔をした。
その姿は、アルクの面影はあるものの、纏う雰囲気や話し方、表情なんかは全くの別人だった。
レイナは胡散臭そうに彼の真剣な表情を見つめて、レクシウスが淹れたお茶を喉に流し込んだ。
暫くヨラシルは何も話さなかったが、やがて重々しく返した。
「…それは不可能だな」
「な、なんでよ?第一大陸は全ての源が詰まっていて、私たちがこんなにも困窮していても娯楽をやっていけるほど成長しているのに!アンタ本当に神様なの?」
「エネルギーのことを、キリカと人の子は呼ぶな。キリカは我輩とは別の意思を持った一つの固体だと言えば分かるか?」
「ど、どういう事?」
「つまり、キリカは我輩ではない別な意思を持っていて、我輩が創ったものではないということだ。すなわち、エネルギーの全てはキリカの意思次第というわけだ」
「なっ」
ヨラシルは静かにバラの花弁が浮かんだカップを揺らしながら、まだ納得がいかない様子のレイナを見つめてため息を吐き出した。そしてお茶には口をつけず、そっとレイナの顎に指先を持ってゆくと、
じっくりとまだ幼さ残る少女の顔を眺めた。
「お前は、国に帰って国を捨てるように国民に伝えるんだ」
「そ…そんなこと出来るわけないじゃない!」
レイナはヨラシルの手を払って、立ち上がった。
大きな音を立てて椅子が倒れ、レクシウスがそれを元に戻してレイナを見つめた。
「私はもう滅んでしまったけど、ラクシャルースの王女なの!国の誇りがあるのよ!簡単に捨てろだなんて無責任なこと言わないでよ、父様が守ってきた大切な国民を他の国に売ったりしないわ!」
ヨラシルは激昂したレイナを見上げて薄く笑んだ。
「まあ、それでもいいだろう。お前が誇りを守って国民達を見殺しにするのも、仕方ないな」
「なんですって!」
「…お客様、落ち着いて下さいませ」
殴りかかろうとするレイナを必死になって止めようと、レクシウスがレイナに立ちはだかった。
レイナはぽろぽろと行き場のない感情を涙に変えて、ヨラシルに訴えた。
「あなたには、長い歳月のほんの一コマかもしれないけど、私にとっては全てなの…!指先で払うようなことじゃないのよ!」
「なにも我輩はお前を鬱陶しく思ってこんなことを言ってるんじゃない。国民を守って全ての民が移住して安定した暮らしを築くことを諭したまでよ。ただお前がプライドがあってそれを蹴るというのなら、我輩にはもうどうにも出来んことだ」
がっくりとレイナは椅子に倒れるようにもたれ掛かり、蚊が鳴くほど弱弱しく呟いた。
「何が創生主よ…肝心な時どうして助けてくれないのよ…」
ヨラシルはレイナを見つめてそっと目を閉じた。
みるみる髪が縮んでゆき、髪色は元に戻っていった。
ハッとして再び目を覚ましたのは、紛れもなくアルクの姿だった。
「レイナ…あのっ、」
「…明日、帰るわ…ごめんなさい、騒がしくさせてしまって…」
ふらりとレイナは立ち上がって温室を出て行こうとした。アルクは咄嗟に追いかけてレイナを呼んだが、空気を吸いたいだけと、レイナはそのまま温室を後にした。
アルクはヨラシルが言ったぶっきらぼうな言葉の数々を申し訳なく感じながら、
出て行ったレイナの姿を心配そうに見つめるのだった。
レイナは温室の天井を見上げて、折り重なる木々の間から月が覗いているの捉えた。
この温室の全てが、あの国にあったならばまた再興だってできたかもしれない、レイナはぼんやり考えた。しかし、何一つラクシャルースに持ち帰れそうにないレイナは、母親の不安げな表情を思い出して唇をかみ締めた。ラズナを出る前にはあんなに意気込んでいたのになんの成果も無しに帰ればきっとがっかりさせてしまう。だけども国民を移住させるのも困難だった。
頭の中を様々なことが浮かんでは消えてゆき、レイナの頬には悔しさから涙が再び光って流れてゆく。
「母様…ごめんなさい…」
ひっそり呟いた言葉は、室内に僅かに反響し、消えていった。




