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三話

アルクは上品な手つきで砂糖を入れたカップをかき回すと、レクシウスの分までお茶を淹れた。

湯気を立てていい香りのするそのカップをしばらく見つめていたアルクは、そういえば…と思い出したようにレイナに向き合った。


「昔、僕はラクシャルースに嫁いでいったマーサという女性にお世話になったにですが…ご存知でしょうか?」

「えっ?」


レイナは顔をしかめた。マーサという人物に心当たりがあったが、何故この少年とマーサが接点あったのか理解できなかった。レイナは少し考えてからおずおずと話した。


「マーサなら、私のお母様と同じ名前だわ。それはいつの話なの?」

「ええっと…二十年ほど前でしたか…。ラクシャルースの国王であるハイネス様に嫁いでいったはずですが…あなたのお母様なら貴女はラクシャルースの王女様なのですね?」

「に、二十年!?」


がたん、と思わず両手をついてレイナは立ち上がった。信じられない話である。今目の前の少年は十代前半と思われる容姿をしながら母が嫁ぐ以前から会ったりできるはずがない。

レイナはからかわれているのかと憤慨して声を荒げた。


「そんな…馬鹿なこと言わないで!あなた私より年下じゃない、なんでそんなこと…た、確かに私は王女だったけど…そんなことは有り得ないわ!」


アルクは怒った様子のレイナに困惑し、なんとかなだめようと彼も席を立ってレイナを優しく座らせた。

レイナはまだ納得いかなかったが、またレクシウスに刃物を向けられても困るので、大人しく座った。アルクは一息つき、もう一度向かい合ってレイナを見つめた。


「済みません…唐突すぎて失礼なことをしました」

「どういうことなの?私をからかったのかしら?」

「いえ、そんなつもりはありません、ですが事実なのです」


アルクは先ほどの聖書のカバーから、一枚のセピア色をした写真を取り出した。

どこかの一族を写した写真のようで、その中心には若いながらも面影のあるレイナの母、マーサと

彼女の隣で美しい笑みを湛えるアルクらしき少年が写っていた。


「…うそ…」

「これはマーサの婚儀の前に撮ったマーサの家族写真です。僕はたまたま居合わせてご一緒させてもらったのですが…」

「あなた…一体何者なの?」

「僕はこの先永久に年をとることはありません」


アルクは悲しげな表情で緩く微笑んだ。

向こうのガラスから差し込む日差しの逆光で、レイナは眩しそうにアルクを見つめた。

まるで後光のような神々しい光を浴びながら、アルクは告げる。


「何故なら僕の体は神へと捧げられたのですから」





 レイナは息を飲んでアルクを見遣った。

その言葉はつまり、彼がレイナの捜していた人物に間違いはなかったが、レイナはまだ信じられずにいた。アルクは静かにお茶に口をつけて、微笑する。


「あまり驚かれませんね」

「…お、驚きすぎて言葉が出ないのよ…つまり君はヨラシル様のご神体ってこと?」

「はい。今から五百年前に神が降臨なさり、僕はこれまで五百年、ヨラシル様と共に生きてきました」

「うそ…信じられないわ」


レイナが首を振ると、いつの間にやらことんと皿を置いたレクシウスが薄く笑ってフォークとナイフを差し出しながらレイナを見遣る。


「アルク様は嘘などお言いにならない。この方は正真正銘、本物のご神体でいらっしゃる」

「でも、証拠がないわ…確かに私のお母様はマーサという名前でアルクという人を捜しなさいとは言ってたけど…」

「そうだ、レイナさんはヨラシル様にご用があるのですね?」

「えっ、ああ、さっきの話ね?エネルギーをラズナに持って帰る方法の知恵を授かるとか…」

「では、直接お会いになるのが一番です。折角なので、信じてもらえるはずですし」

「え?」


レイナはほかほかと湯気を出す出来立てのパンケーキに目を奪われていて、アルクが言った言葉でハッとしてアルクを見た。

アルクはレクシウスに何か耳打ちをすると、しばらくしてレクシウスは美しい装飾が施された鏡を持って現れた。アルクは鏡を自分へ向けるとぶつぶつと呪文のようなものを唱え始める。

すると、日差しに輝く金糸は、まるで早送りでもしたかのように急速に髪が伸びて毛先からじわじわと真っ青な髪色へと変色していった。

レイナは目を逸らすことが出来ず、その様子を見守る。

やがてもう一度顔を上げたアルクの瞳は深海を映し出したかのような美しいコバルトブルーに輝き、

その表情は先ほどの優しげな面影はなく、どこか威厳すら感じた。

レイナは背中に伝う汗を感じながら、そっと声を掛けた。


「あ、あのっ」


アルクはふときょろきょろと辺りを見渡して、深く頭を下げたレクシウスとレイナを交互に見遣って、やがてため息をつき、こんな言葉を述べた。


「ぺったんこ」

「…はぁ…?」

「胸がない。皆無だ。貴様は本当は男か?」


態度は百八十度変化した。初対面の少女に向かって胸がないと一言で叩ききったアルク―もといヨラシルは、つまらなさそうにレイナを見つめて豪快にカップのお茶を飲み干した。

レイナはわなわなと肩を震わせ、いいたい事は山ほどあったが取り合えず押さえ込んで話を切り出した。


「えっと…あなたはアルクじゃないの?」

「それだ」

「えっ?」

「胸がない分、貴様ももう少し美少女であればな。まるで男だな。アルクのほうが何倍も花がある」


(あんたいい加減はったおすわよ!)

と胸の中で呟いたレイナに、ヨラシルは高く声を上げて笑った。


「はったおす…野蛮な娘だ…」

「なっ…」

「私に出来ないことはない。なにせ私が作った地だからな。心を読むぐらい容易い…」


ヨラシルは椅子から立ち上がると、指先をすっと動かして茨のアーチがかかった場所へ歩いていく。すると今までつぼみだった花がぱっと開いていき、それは幻想的な瞬間だった。

思わず胸がないと言われたことも忘れて感動したレイナに、数本のバラが勝手に落ちて手向けられた。


「さあ、アルクが言っていたお前の悩みをきいてやろう」


ぱちん、と指を鳴らした瞬間、レイナの手で輝いていたバラが一気に枯れてその残骸がレイナのスカートへぱらぱらと落ちていった。さっそく怒りたくなりながら、レイナは本題を切り出した。



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