01-19 遠いあの日
暗闇。廊下から差し込む光——それが照らした床以外、何も見えない室内。
内壁を手探りし、ようやく電灯が点いた。
正面奥に幅広のデスク。左手の壁面には色褪せた航空図。私室のように使われていた作戦室に、今は俺一人しかいなかった。
一歩一歩、確かめるように踏み締め、部屋の中央まで進む。
革張りの剥げかけた回転チェア。その空席に向けて、俺は静かに敬礼する。
「基地司令官への任務報告、完了致しました」
気の抜けるような短い掠れ声の返事が、どこかから聞こえた。耳ではなく、心に。
姿勢を戻し、改めて机上へ視線を落とす。
——あれ?
違和感。普段目に付いていた何かが、失くなっている気がする。
ぐるりと回り込み、俺は初めてそのデスクに手を伸ばした。
一番下の大きな引き出しには、スケアクロウ隊でこなした任務の記録、訓練での俺らの成績——それらをまとめた分厚いファイルが、何冊か仕舞われていた。
その上には、文房具が乱雑に。削り尽くしたり、真っ二つに折れた鉛筆たち。インクが空なのに、捨てられずに残っているボールペンが複数。ボロボロに砕けたような消しゴムの欠片。使ってる所を一度も見たことない定規などなど。
「杜撰さが表れてるよな」と苦笑した。
そして、天板下の薄い引き出しへと手を掛けた。
まず目に入ったのは、拳大ほどのサイズで、半分フィルムに覆われたままの箱。隣に並ぶ安物のライターで、中身の察しはついている。だが、自ずと掴み出し、蓋を開けていた。
覗くと、整然と詰められた紙巻きタバコ。未使用の新品のようだが、わずかに隙間が空いている。
「あの時の一本分、かな」
TACネームを決めた日の夜が、思い起こされた。
(背負うには、ずいぶん重てぇぞ。覚悟は出来てんのか?)
彼の言葉が、今さらになって、身に沁みた。
「覚悟してた……つもりだったんだけどな……」
ぽつりと呟きながら、元あった場所へと戻す。
——カツン
その時、机の奥で、何かにぶつかる。身を屈め、中を覗き込む——
「あっ、これだ」
探していた、失くなっていたもの——写真立てを見つけた。
いつからかデスクに置かれていたが、何が飾られているのか見せてもらえた事は無かった。
——隊長から「見た奴は訓練地獄だ」なんて脅されて、誰もコレに触れないようになったんだっけ。
まだヴァルチャー隊だった頃の懐かしい記憶。何となく首を振って、周りに誰もいない事を確認し、恐る恐るそれを取り出す。
挟まれていたのは、四人が映った写真だった。
正面の俺と、右のリック。その二人の頭を手で押さえ付けるのは、奥に立つニヒルな笑顔のクランプ隊長。左側で、それを見て顔を綻ばせるグレア。
部隊配属の記念に撮った、集合写真。まだ訓練の厳しさも、実戦の恐ろしさも、何も知る前の、無垢な頃の。
心が揺れた。てっきり、彼が亡くした恩師の写真なのだと、勝手に思い込んでいた。
そして、今日これを引き出しの奥へ片付けたのは、きっと彼の勘と、そして覚悟だったのだろう。
ガラス板の上、彼の顔へ、水滴が乗った。
震える手で、それをそっと拭った。
「隊長は、俺にとって……本当に……本当に理想の……パイロットでした……」
一人きりの作戦室。冷たい椅子に座る。俺はその写真立てを、机の真ん中へと飾り直していた。




