01-15 説教
〈隊長っ! 敵が全てそっちに!〉
グレアの警告。
〈ハッ! HUDがイカれても、真正面から撃ち込めば当たるわなぁ!〉
だが、クランプ隊長はそれを無視し、敵損傷機とのヘッドオンから軌道を変えない。
「隊長! くそっ!」
先の負荷も忘れ、三羽カラスの裏へと回るべく、俺は全速力での機首上げを開始する。
だが当然、上昇による必然的な減速。敵の姿勢的優位。隊長の接敵までに追いつくはずが無い。
「隊長、俺がやる! だから——」
〈いいや。これは俺の——仕事だ〉
それは、覇気の無い、落ち着いた声色だった。
俺の機体が、逆さ向きに、敵三機を捉える。だがその距離は、あまりにも遠い。どう考えても二桁秒は掛かる。無理だ。間に合わない。それでも、俺は左手を目一杯押し出した。
砲火の音。のち、爆発音。カラスの一羽が、黒煙と炎をあげ、下へ、下へ、墜ちていく。
〈ハッハァ! 的中!〉
直後に聞こえた、グレアが隊長を呼ぶ声。無傷のレイヴンから放たれる、赤と白の軌跡。俺の射程に入るより早く、奴らは旋回し退避した。
一番機が、俺の下を、飛び抜けた。
コクピットは、黒い霧に覆われ、見えなかった。
「隊長っ!!」
〈ハッ……ざまぁねえなぁ……〉
ノイズ混じりの無線。
〈隊長、脱出を!〉
〈……無理だな。この傷じゃ、どのみち助からねぇさ……〉
二人のやりとりを聞きながら、残り二羽が隊長の機体に近付けぬよう、位置取りする。
〈なぁに。こんな時代に、人間に墜とされたんだ。恵まれたもんさ〉
〈まあ、教え子にやられたのは気に食わねぇがな〉と付け加えて笑う彼の声には、皮肉めいていながらも、どこか柔らかさがあった。
鼻を啜る音が聞こえる。それが誰のものなのか、俺には判別出来なかった。
〈——傾聴!〉
反射的に、背筋が伸ばされた。それは、彼お得意の説教が始まる合図だった。
〈グレア——〉
だが、発せられた呼び声は、今までになく穏やかだった。
〈テメェは三人の中で一番冷静だ。だから、この後すべき事も、分かってるはずだ〉
呼ばれた彼女の、無言の頷きが、聞こえてくる。
〈今のお前は強い。必ず、最後まで、海坊主の野郎を守ってやれ。いいな?〉
〈——っ、了解っ!〉
グレアの、聞いた事が無い、大声での返答。
〈ミナト——〉
俺の名が、呼ばれた。叱られる時にばかり聞かされた、俺の名を。
〈あの日に背負った事を、必ずやり遂げろ。たとえ相手が誰であってもだ〉
その相手を睨みながら、視界の端に沈みゆく黒鳶を見た。後部から拡がる火の手が、もうじき彼の席を焼こうとしていた。
〈俺が墜とせたんだ。テメェならやれる。
そうだろ、クロースター!〉
「——了解っ!」
隊長が、ボロボロの機体で、無茶をした理由——それを、俺は理解した。
この戦場の結末。俺の葛藤。彼はきっと、それらを分かっていたんじゃないか。
両頬を伝う熱い何かが、顎に集まり、服の胸元を濡らした。
〈さて、あとは——〉
彼の音声が、協定無線に、切り替わる。
〈ヒヨコぉ!!〉
今日一番の怒鳴り声。
〈テメェがコッチに来たら、正座させて延々と説教してやるからなぁ! 覚えてやが——……
轟音。
俺とグレアの声が重なる。
先頭を飛んだ親鳥は、硬く冷たい山肌に、空へと立ち昇る、黒く長い墓標を建てた——




