01-14 灰色の世界
『ミナトっ! 敵機が——』
「分かってるっ!」
焦るフォーラに短く返し、なおも下降しながら加速する。
遊覧飛行中のホワイト・レイヴン。彼我の距離、四千メートルを切る。レーダー波式なら充分射程圏だが、それを無効化するカラスが相手。元より熱源追尾のミサイルしか積んでいない。その有効射程まで、残り千と少し——
《ミナトォ! テメェも電子戦機かァ!!》
奴の怒気が混じる機械ボイスが、俺の鼓膜に突き刺さる。
黒鳶の格納室を潰した分、搭載した電波妨害装置——そのお陰で、射程条件はイーブン。
だが相手は可変翼。速さ競争ではコチラが不利。景色から色彩が薄れるほどエンジンをぶん回しても、その距離はじわじわと縮まる。
だが——もう————
——ピピピピピピ
——ビーッ、ビーッ、ビーッ!
敵を射程に捉えた通知音と、ミサイル・アラートが、ほぼ同時に鳴り響く。
「発射っ!」
横に倒した操縦桿のボタンを、強く押し込んだ。スピンする視界の中で、自機の速さも乗せた超高速の噴煙が放たれたのを認め、即座に機首上げし下降旋回の機動。これで敵の攻撃は回避できる。
急制動。
瞬間、世界の全てが灰色になった。
——ヤバい、今俺はどっちに飛んでる……?
正面も、左右も、上下も。全てが同じ。どちらが地面で、どちらが空かを、見失う。
空間識失調——戦時の飛行機乗りが、墜落、あるいは撃墜される、その大きな要因となる症状。
——これはもう水平姿勢か? 目の前にあるのは雲か? 地表か?
分からない。何も信じられない。あるのは、鈍色だけ。計器も、指先も、身体も、思考すらも——
『減速、ピッチアップっ!!』
その叫びに、背中を蹴られた。
両の手が、彼女の言葉通りに動く。指示と操縦、その連動を、何千何万と繰り返して来たからこそ、成し得た事。
背部・腹部の空力ブレーキが限界まで開く。脚が持ち上がるような感覚。頸部をヘルメットが圧迫するが、それでもなお血液が脳から薄れ、周辺視野が狭まる。
『ストップ!』
遥か遠くから聞こえたような言葉を合図に、手の握りを緩めた。
胸が小刻みに上下する。酸素の不足を身体が感じる。頭の奥でチカチカと明滅する。眼の中へ次第に色が戻ると、俺は山嶺すれすれを飛行していた。
「助かった、フォーラ……」
『ヒヤヒヤしたよぉ』
ため息でも出そうな彼女の口調。その直後、正常に戻りつつある俺の頭が、声を放つ。
「っ、状況は!?」
共有ビジョン。敵の数は——未だ三つ。内一機が黒煙を上げながらも、墜ちずに飛んでいる。
——くそっ、やっぱり一撃じゃ無理か……!
先のミサイル——ACM-2は、火力を代償にし飛翔速度を増した兵装。今までの使用でも、墜とすには追撃が必要な場面が多かった。
残りの二機は——損傷機の後ろへ回るような軌跡を描く。
——俺を、追ってない……? 一機も……?
〈ハッ! 上出来だぜぇ、海坊主ぅ!〉
あらん限りに張った掠れ声。
俺は、バイザー左のウインドウへ注視する。
煙を吐く白鴉の対面。ひとつの黒鳶が真正面から向かい合う——ヘッドオンの位置に立っていた。




