00-19 傷付いた者
作戦室の扉。その小窓から漏れる明かりの前で、鉄紺色の前髪をかき上げ、一度大きく深呼吸した。
意を決してノックすると、すぐに「おう、入れ」と聞き馴染みのある掠れ声が届いた。
「失礼します」
部屋の奥、デスクの向こうに腰掛ける、クランプ隊長の姿。何もない壁を向き、その横顔の右目だけがチラと動く。白の半袖から覗くのは、屈強な上腕と無数の傷跡。
そして、その口に咥えられているのは——
「煙草、お吸いになられるんですね」
自然と質問していた。彼のそんな行為を見た事も、聞いた事も無かったからだ。
「ああ……やめてたんだよ、この二年間」
重たい口調。横を向いたまま、鉛色の頭髪をボリボリと掻く。
「子供に悪影響よー、なんて俺に言った奴が居てな。まぁ……ずいぶん昔の話だ」
言いながら、その紫煙を銀色の灰皿へと置いた。
「——で?」
「え?」
不意の問いかけに、部屋の中央にいた俺の背筋が伸ばされた。
「テメェも俺に愚痴を言いに来たのか? それともぶん殴りに来たか?」
ククッ、と喉を鳴らしながら、隊長が向き直る。その左頬は、真っ赤に腫れていた。
「さっき赤銅頭の尻尾女が来てな。しばらく黙ってたかと思や、先に謝ってからの、バシーン、だ」
大袈裟に張り手する仕草を真似る隊長。
「ハッ、弱っちいビンタだった。言ってやったよ、アイツに。そんな貧弱さじゃ、誰も守れねえぞ——ってな」
よく見ると、デスクの上にポツポツと丸いシミが残っていた。
隊長が続ける。
「知ってると思うがな、強いGを受けると、身体の柔らかい部分が傷付いてく。筋肉の薄いとこが内出血し、内臓や脳にも影響が出る。長く飛び続けるとバカになる、っつーわけだ!」
短く高笑いし、疵面が天井を仰ぎ見る。俺は何も応えなかった。
「はあ……。だから、女にこんなとこは向いてねぇんだ。とっとと辞めちまった方がいい」
「それで、グレアにキツい言い方を?」
「……さあ? 分かんねえな、バカだからよ」
左の頬をさすりながら、彼は自嘲した。
「……辞めませんよ、グレアは」
隊長の目を直視し、語気を強めた。
「彼女は昔から——孤児院にいた頃から、周りの人を守る事に必死でした。その為なら、彼女は何だってやったし、何からも逃げなかった」
「周りの人、ね。つまり、海坊主。テメェがここに残る限り、アイツは逃げねぇ——と」
「隊長も含まれてますよ。きっと」
俺の言葉に、隊長は視線を逸らした。
「……ったく。俺と関わる奴らは、どうしてこうも死にたがるかね……」
小さくそう呟いたのち、睨みに似た目つきを投げかけてきた。こめかみに残る古傷が、その威圧感を増大させる。
「ならお前はどうする。辞めるか? 続けるか?」
その質問と眼光に、俺は口元へ笑みを浮かべて、真っ向から返した。
「隊長。俺の名乗りが決まりました」




