00-18 背負いし者
「ははっ。まさかフォーラから、そんな台詞が飛び出すなんてな」
顎を上げて発した俺の声が、格納庫の広い庫内に反響する。
『駄目でしょうか』
話をしないか、と——そう訊いた彼女の言葉からは、相変わらず感情が読み取れない。
「いや、いいよ」
『ありがとうございます』
いつも通りの律儀なお礼に、フォーラの意図では無いだろうが、どことなく距離を感じてしまう。
『私は、以前ミナトから聞いた貴方の願いを、まだ記憶しています』
そこで間を取ったが、俺は何も返さなかった。
『——生き残ること、ですよね』
「……ああ」
——忘れもしない。
まだ俺が小さかった頃。同い年の子達が学校に通い始めた頃。父親の居なかった俺の唯一の家族は、野良仕事から帰ると、天井からぶら下がっていた。
「書き置かれた手紙にさ、あなたは生きなさい、って。とんだ母親だよ、まったく」
眼の裏に焼き付いた光景と筆跡が、あの時の嫌な臭いと生温さを思い出させる。
『その願いを、貴方はまだ守っている』
「はっ、呪いみたいなもんだ……」
事実、そうだった。
金なんて残ってるはずが無い。生ゴミを漁って、腹を下した。泥水を啜って、吐き戻した。生きる為に、あれもこれも試した。死なない為に、俺は全てを失った。
そして行き着いた末は、なんて事は無い、盗みとスリ——犯罪者としての生き方……
持ち前の反射神経と、やるたびに磨かれた手癖の悪さで、どうにかこうにか食い繋いできた。
しかし、そんな事がずっと上手くいき続けるはずも無く——
「ついに俺はとっ捕まり、ハルモニア園にぶち込まれ、そして——」
『今こうして、ヴァルチャー隊にいる』
話のオチをフォーラに奪われ、自嘲するように鼻で笑った。
「ああ。散々な人生だろ?」
上体を倒し、背を壁にぶつけた。けほっ、と咳き込むだけで、痛みは無かった。
『——でも、貴方は生き残っている』
俺の脚の上から聞こえた彼女の口調は、なぜだか柔らかく感じた。
『これまでの人生も。今日の初任務も。その全てを貴方は——』
「けどリックは生きられなかったっ!」
拳が冷たいベンチを叩きつけた。声と、腕に、俺が溜め込んでいた感情のすべてをぶつけるように。
「初めてできた友だったんだ……兄弟だとも思っていた……! なのに、俺は、アイツに何もしてやれなかった……っ!」
熱いものが頬を伝う。次から次へと。拭っても、止まらなかった。
『——ミナト』
歪んだ視界で、声のする方を向く。
『貴方には、人の願いを背負える力があります』
無機質なバイザーが、照明と涙の反射で煌めく。
『だから、彼の願いも——ミナト。貴方が背負えばいいんです』
——リックの、願い……
(世界中のみんなに、リックという男がいた、って事を覚えていて欲しいんだよ!)
——ああ、そうか……
彼が望んだのは、そこに生きていた、という証。
今、俺が生きている事こそが、彼の存在証明。
「——分かったよ、フォーラ」
ゆっくり立ち上がり、ヘルメットを脇へ抱えた。
「俺が、生きて……生き残って……リックの事を、語り継ぐ。そして——」
濡れた目元をこすり——
「アイツの為に、アイツの分まで、戦果を挙げて、挙げて、挙げまくってやる……!」
その決意に、彼女は無言で肯定した。俺の足は、確かな歩調で、作戦室へと向かった。




