00-14 一人じゃない!
螺旋軌道……下降旋回……蛇行機動……そして上昇旋回…………
俺は操縦桿も、スロットル・レバーも、とにかく動かし続けた。孤児院を離れてからの二年——その間に培った技術を、とにかく出し続けた。
絶え間無しの加減速。フォーラのG超過を警告する声が、遠くに聞こえる。肺が潰され、呼吸が止まりかける。消化器が絞められ、胃酸が込み上げかける。頭の血が抜け、視界が消えかける。
それでも、ロックオン・アラートは鳴り続けた。どんな機動にも、カラスはしつこく追い縋る。
しかし、まだ一度も攻撃されていない。
——なんでだ……? なぜ撃たない……?
目の端に入った速度計。時速400kmを下回った。
「はっ……そういう事かよ……」
意識が薄れそうになる中で、なぜだかハッキリと理解した。
奴の狙いは、俺の行動不能待ちだ。
逃げるための加速、あるいは減速しつつの急旋回を続ければ、身体にかかるGで遅からず俺は失神——行動不能に。
また、航空機が飛び続けるためには速度が必要。減速機動を続ければ、揚力が足りずに機体は失速——行動不能に。
その隙を待ち、確実に仕留める算段なのだ、と。
——ズル賢いカラスめ……
機体の加速力と低速度域での機動力で鴉に劣る俺の鳶では、避けようの無い結末——
——どう転んでも詰みかよ、クソ……
途端、集中の糸が切れた。腕が弛緩し、操縦桿から手が離れていく。眠気に誘われるかの如く、意識が次第に遠ざかり——
〈発射っ!!〉
叫びにも似たグレアの声で、我に返った。
背後に迫っていた機影は、大きく上昇しミサイルを躱した。
「バカ! ちゃんと命中するタイミングで——」
〈うるさいっ!! あのままじゃミナトが死んでたじゃない! バカっ!!〉
強がる口調。無線越しでも分かる、啜り泣く音。
「……悪い。助かった」
〈……ん〉
俺の謝罪と感謝に、彼女は小さく返した。
『ミナト、敵の再攻撃が来ます』
フォーラの指摘を受け、首を後ろへ向ける。奴は大きく宙返りし、再びコチラを睨みつけていた。
「グレア、散開しよう! 常にどちらかがカバーに入れる状態を維持するんだ!」
〈うん、分かった!〉
軍事回線とは思えない、まるで院にいた頃のような会話ののち、彼女は上に、俺は下に、旋回する。二機の残した白雲が、不恰好な双曲線を描く。
レイヴンの機首が——下がった。狙いは、俺だ。
——そりゃ、あんだけ俺の事を追い回したんだ。弱ってるはず、なんて考えてんだろうな!
思わず、鼻を鳴らした。
奴の機体下部、胴体に沿って対称に並ぶ、菱形をした吸気口。さながら、獲物を品定めする黒い双眸のように見えた。
死を感じさせられる。けど、もう恐れない。
俺にはフォーラがいる。グレアにリック、隊長もいる。一人で飛んでるわけじゃないんだ。
鴉の瞳を睨み返し、操縦桿を強く握り込んだ。
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【用語解説コーナー】
インメルマン・ターン、スプリットS
:それぞれ上下へのUターン機動のこと。
インメルマン・ターン
機首上げし上昇しつつ180°の半ループ、
背面飛行の状態になるので、180°ロールにより
水平姿勢に戻し、後方への旋回が完了する。
重力に逆らう機動のため、速度が落ちる。
インメルマンによる実施が世界初だったため。
スプリットS
先に180°ロールして、背面飛行する。
そこから機首上げする事で降下し、
180°の半ループ時に水平姿勢となる。
重力方向への機動のため、速度が上がる。
地表近くで行うと墜落するリスクがある。
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