白い花
「おはよう、恭一」
振り向くと彩音がいた。恭一は、神社にそびえ立つ大きな杉の木を見上げていた。
「おはよう、姉さん。早いね」
「恭一こそ……今年もたくさん咲いたわね」
彩音が地面に広がる白い花を眺めている。
「あ、本当だな」
毎年咲いていたのだろうか。恭一は気にかけたことがなく覚えていない。
「日々草って言うのよ」
その白い花は花びらが五枚あり、三十センチほどの背丈で辺り一面に咲いている。
「ニチニチソウか。可愛らしい花だな」
初めて聞いた名前だった。
花を見渡していると、愛猫のビハクが歩いて近付いてきた。ビハクは花の前で止まり、匂いを嗅いでいる。
「小さくて可憐だわ。何だか麻人君みたい。ね、ビハク」
彩音は、ビハクを見てくすっと笑った。
「可憐か……まあ、あいつは控えめだけど芯がある」
「うん。そうよね。清らかだわ」
ビハクが花を前足でちょんちょんと突き、恭一を見上げた。
「ねえ、麻人君に持っていってあげなさいよ」
「え?」
「ちょっと待ってて」
彩音は家の方に向かって走っていった。恭一はしゃがんでその白い花を見ながら、ビハクの頭を撫でた。
「麻人、喜ぶかな?」
恭一は、ぽつりと言った。
しばらくすると、彩音がハサミとピンク色の包装紙のような物を持ち戻ってきた。彩音はハサミで花の根元あたりを十本ほど切り、包装紙で巻き恭一に手渡した。
「はい。どうぞ」
恭一は花束を受け取った。
「この場所で、麻人と初めて出会ったんだ」
「そう……麻人君、早く元気になるといいな」
「そうだな。ありがとう、姉さん」
恭一と彩音は、共に朝ご飯を食べた。大学生である姉はまだ夏休み中で、食卓に陽気な声が響いている。彼女の変わらぬ明るさが、恭一の心を和ませた。
恭一は、少し早めに家を出ることにした。手に日々草の花束を持って。玄関に行くと、彩音とビハクがやってきた。
「いってらっしゃい。麻人君によろしくね」
「うん。いってきます」
普段通り自転車に乗り、駅の方に向かった。
九月半ば、真夏よりはいくぶん日差しが弱くなった気がするが、まだまだ暑い。麻人、どうしてるかな……
恭一は駅近くの麻人の家の前に着き、自転車を降りた。彩音が用意してくれた花束をそっと手に持ち、ドアフォンを鳴らした。
「あら、恭一君。どうしたの?」
ドアが開き、麻人の母親が出てきた。
「おはようございます。麻人、どうしてますか?」
「そうね。今日もお休みするわ」
「そうですか……これ、麻人に」
恭一は、彼女に花束を渡した。
「ありがとう。麻人に会っていく?」
「朝練があるので、もう行きます」
恭一は、麻人を見るのが怖かった。
「いつも気にかけてくれて、ありがとう」
「いえ。失礼します」
恭一は軽く一礼し、麻人の家を後にした。
〈麻人、また来るよ。お前を絶対に一人にはさせない。必ず助けるから〉
恭一は強く心に誓い、学校へと向かった。




