救済
二学期が始まり数日が過ぎた。
恭一は、窓際の席から外をぼんやりと見ていた。
「今日も小野田君は休みなのね。どうしたのかな?」
振り向くと、クラスメイトの高井鈴華だった。彼女は、恭一の席の横で立っていた。彼女の後ろには、土屋琴子もいた。
「多分、夏バテだと思うよ」
「そうなんだ。暑かったもんね」
「大丈夫なの?」
土屋が恭一の前の席に座り、顔を覗きこんできた。
「どうだろうな。今日、帰りに見に行ってみるよ」
淡々と話す恭一に、土屋は「そっか」と言った。
「長月。英語教室に行こうぜ」
「あ、うん」
次は英語のリスニングの授業で、森下蓮が声をかけてきた。
「ほんとだ。早く行かないと」
高井と土屋も、慌てて自分の席に戻った。
麻人のことを色々聞かれることから逃れられ、恭一はほっとした。彼女達が心配しているのは分かるが、わざわざ話したくないと思ってしまった。
森下と英語教室へ移動する間、彼は麻人のことを聞いてこなかった。英語は苦手だなとか、たわいもない会話に恭一は頷いていた。
英語教室のヘッドフォンからの音声も、耳に入ってこない。あの日、希水が言ったことが頭から離れない。
「過去の闇に落ちていったんだ」
希水が放った言葉……
「恭一。麻人を助けてあげて」
どうすれば、助けることができるのだろうか。自分にできるのだろうか。
「僕らの言う通りにして」
「僕ら……」
恭一が希水を見ていると、ビハクが「みゃー」と大きな声で鳴いた。
「わかったよ。よろしく頼む」
恭一は、希水とビハクの頭を撫でた。
恭一はいつも通り部活が終わり、自宅に帰る前に麻人の家に寄った。ドアフォンを鳴らすと、悠が出てきた。
「恭一さん」
「麻人の具合はどう?」
「今、ちょうど起きてるところです」
「入っていいかな」
「はい」
恭一は家の中に入り、悠が麻人の部屋のドアをノックした。
「お兄ちゃん。恭一さんが来たよ。入っていい?」
「うん。どうぞ」
麻人はベッドの上で体を起こし、恭一と悠の方を向いている。
「こんにちは。恭一君」
いつものように笑う麻人……どうして……
恭一は気の利いた言葉が思い浮かばず、しばらく無言になってしまった。
「どうしたの? 恭一君」
「えっと。ちょっと顔を見に来ただけだから。また来るよ」
「うん」
恭一は、麻人の部屋を出て玄関に行った。
「ごめんな、悠。また、明日来るよ」
「はい」
下を向く悠。恭一は、彼女の肩に手を置き「麻人を頼む」と言って外に出た。
急いで自転車で家に向かった。希水との約束がある。
〈朝と晩、毎日欠かさずに水灯の池で祈って。麻人を助けたいって〉
滝まで希水に会いに行った日に言われた約束。恭一が池に着くと、ビハクがいた。
「お前も一緒にお願いするんだな」
恭一は提灯を手に持ち、池に向かって祈った。
「麻人を助けてほしい。お願いします」
恭一は、池を見ていた。ビハクもまた、池の淵で静かに立っていた。




