過去へのこだわり
「お帰りなさいませ」
アサは、いつも通り笑顔で夫を出迎えた。
夕食ではアサが一方的に話し、京之助が静かに聞いている。
そんな中、時折、口角を上げ少し笑う夫を見ると心が弾んだ。
一緒に食事をしたりお茶を飲んだり、側にいるだけで安心できた。笑顔でいられるのは彼がいるからだ。
親が決めた縁談で、当たり前のように結婚し日々暮らしていた。
この人と出会えて本当に良かった……アサはいつも喜びを感じていた。
◇
麻人は目を覚ました。
また、前世の夢をみた。近頃、体がだるく眠くなることが多い。
恭一には、夏バテだと言ったけれど……
「本当に、僕はどうしてしまったのだろう」
最近は、前世の記憶が頭に浮かばなくなってきたように思う。大切な思い出なのに。忘れたくないのに。
けれど、眠りにつくと夢であの頃に戻れる。彼の優しい眼差しや、頼もしい姿や、温かい手。
どれも大切な記憶で、決して手放したくない。
幸せだった記憶と同時に、悲しい記憶もある。
彼とは早くに別れがきてしまった……あんなに毎日祈ったのに。
彼を救うことができなかった。
怖い。失うのが怖い。
また、自分の前からいなくなってしまうのではないか。
せっかく出会えたのに……
この先、どうなってしまうのだろうか。麻人は、分からない未来に思い悩んでいた。
あまりにも眠るので母親が心配し、先週病院で検査をした。看護師をしている母親の職場で、皆がとても親切だった。
血液検査や頭部検査に異常はなかった。身体的に問題はなく、最終的には精神的なものではないかと診断された。
母親や妹は、かなり心配しているのだろう。いつも以上に明るく振舞おうとしている。
「ゴメンね。お母さん、悠」
喉が渇き、台所に行き冷蔵庫から冷えたお茶を取り出した。
テーブルには、恭一から貰ったコロッケがあった。一つ手に取り、一口かじった。
「美味しい。美味しいよ。恭一君」
一筋の涙が頬を伝った。
自分でも、どうして涙が流れたのか分からない。悲しい訳ではないのに。
「お兄ちゃん。どうしたの? しんどいの?」
台所に入ってきた悠が、麻人をじっと見ている。
「大丈夫だよ」
「ねぇ、恭一さんや彩音さんに相談しようよ。私、何だか怖い」
泣き出した妹に何も言えず、ただ見ていることしかできなかった。




