ふたりの庭
旦那様が帰還してから一週間が経った。
侍女たちを旦那様の視界に映らないよう配置したおかげか、あれから特に大きな混乱は起きていない。
相変わらずほとんどをベッドの上で過ごしているけれど、起きている時間はずっと長くなった。
「旦那様、お薬です」
「苦い」
「我慢してください」
警戒ばかりしていた旦那様が、少しワガママを言うようになった。
「今日はお薬の後に料理長が作ったクッキーがあります」
「……」
乾燥させたフルーツを練り込んだ特製クッキー。
これは旦那様が一番好きなもの。
「お薬、飲みましょうね」
「分かった」
少しのワガママ。
代わりに差し出す甘い物。
婚約していた頃から変わらないやり取りだった。
「旦那様……」
言おうとして、少し戸惑う。
先生は大丈夫だと言ってくれた。
少しずつでも歩いて体力を回復させるのも大事だと。
「エレナ?」
「お庭に、出てみませんか?」
今日は風が穏やかで、日も強すぎない。
心地よい空気を、旦那様にも感じて欲しかった。
「……お前も一緒か」
「もちろんです」
「なら行く」
そう言ったものの、旦那様は寝間着姿のままだった。
「その前に着替えましょう」
「このままいい」
「短くてもデートですよ」
「……分かった」
旦那様が渋々立ち上がる。
以前なら自分で身支度を整えていた人なのに、今は使用人に手伝われながらゆっくりと袖を通していく。
それでも一週間前と比べれば大きな進歩だった。
着替えを終えた旦那様と部屋の外へ出て、柔らかな陽射しが差し込む廊下を進む。
階段の前で旦那様が足を止めた。
「エレナ、手を」
旦那様こそ支えが必要なはずなのに、こんな時でも私を気遣ってくれる。
「はい」
新婚みたいでくすぐったくて、そっと手を重ねた。
一段ずつ、ゆっくりと階段を下りる。
まるで舞踏会へ向かう時のような丁寧なエスコートだった。
庭へ続く扉をくぐる。
頬を撫でる初夏の風が心地よい。
旦那様が眩しそうに空を見上げた。
「気持ちが、いいな」
「はい」
花壇には色とりどりの花が咲いていた。
旦那様が時間を見つけては手入れをしていた花たちだ。
季節ごとに咲く花を植え、二人で眺めながら庭を歩く。
私と旦那様のささやかな楽しみだった。
もうじき咲きそうな薔薇は、嫁いできた時に旦那様が植えてくださったもの。
庭の花一つ一つに旦那様との思い出がある。
そっと隣を見上げる。
旦那様は何も言わず、庭の景色を眺めていた。
「この庭は、変わらず綺麗だな」
「はい」
私たちはしばらく寄り添って立っていた。




