episode 9
「何って、見てわかるだろ?コゼットと話していたんだよ」
殿下の顔は、ここからとてもよく見える。
とても楽しそうなお顔をして、声もどこか弾んでいらっしゃるような気さえする。
けれど、それを聞いた旦那様が今、どんな顔をして何を考えていらっしゃるのか、やっぱり私は知ることができなかった。
「ちょっと、テオっ!」
そんなマチルダ様の声が、すぐ傍で聞こえた。
ああ、この温かな体温もすぐに離れてしまって、旦那様はまたマチルダ様を見つめることだろう。
私はそう確信していたのだけれど、いつまでも旦那様の腕の力が緩むことはない。
「ねぇ、テオったら、聞いてるの?こっちを見てよ!」
再度マチルダ様の声が聞こえたのに、それでもやっぱり変わらない。
「マチルダ、諦めなよ」
くすりと笑ってそう言ったのは、殿下だった。
「残念だけど、『それ』、今のテオには通用しないよ」
「……っ、ウィルのバカ、大嫌いっ!!」
「はいはい」
マチルダ様はすごい剣幕で、すごいことを仰って、すごい勢いでこの部屋から出て行ってしまった。
それなのに、言われた殿下はなんでもないことのように、へらりと笑っていらっしゃる。
「あ、あの、旦那様、追わなくて、よろしいんですか……?」
おそるおそるそう問いかけてみたところ、なぜか旦那様の腕の力が強くなった。
「なぜ俺に言うんだ。追うなら、ウィルだろう」
確かに、表面上の関係性を考慮すれば、妃殿下であるマチルダ様を追うのは王太子殿下のお役目なのかもしれない。
しかしながら、内面的な部分を考慮するならば、この場合マチルダ様を心を通わせていらっしゃる旦那様の方が適任なのではないだろうか。
「コゼットは、俺よりもテオが追うべきだって、思ったってことだろ?」
ね?と、殿下に同意を求められたけれど、私は頷くことができなくて、曖昧に笑ってごまかした。
ますます旦那様の腕の力が強くなって、なんだか頷いてはいけないような気がしたから。
「というか、なぜウィルがコゼットと呼んでいるんだっ!」
「今さらだね。それは、昨日、俺とコゼットがとっても仲良くなったからに決まっているだろう」
ただ、殿下は私を妹のように想ってくださって、私はそんな殿下が兄だったらいいなと思ったにすぎないのだけれど。
それも、仲良くなった、ということなのだろうか。
そんなことを考えていると、なぜか旦那様の腕の力が、さらに強くなった。
さすがに、ちょっと苦しい。
「テオ、いいかげんコゼットのこと、離してあげたら?」
「あっ、す、すまないっ」
もしかして、こうしてずっと私を抱きしめていたことを忘れていらしたのだろうか。
そう思ってしまうほど、旦那様はまさに今そのことに気づいた、といった反応でパッと私のことを離した。
ついでに、少し距離もとってくださって、やっと煩くて仕方がなかった心臓が、少しだけ落ち着いてくれた。
「とりあえず、着替えてから、朝食にしようか」
殿下は、うーんと、伸びをしながら仰った。
朝食はともかく、着替えはしたいかもしれない。
いつまでもナイトドレスのままで、お二人の前に立ってはいたくない。
「そこで、ゆっくり話もしよう。コゼットの疑問にも、たぶん答えてあげられるから」
「えっ?」
私が今、密かに気になっていることは2つある。
1つは、殿下がマチルダ様に仰った『それ』。
そうして、もう1つはお屋敷にいる時とはまるで違って見える、旦那様のマチルダ様に対する態度だ。
前者はともかく、後者は殿下には答えられる気はしないのだけれど。
そもそも、私の疑問を殿下は正しく把握していらっしゃるのだろうか。
殿下はただただにこにこしていらっしゃるだけで、その真偽はわからない。
「もちろん、テオも同席するよね?」
「あ、ああ」
殿下は半ば強引に旦那様を頷かせると、そのまま旦那様を引き摺るようにして部屋から出て行ってしまった。
一人残された私の元へは、すぐさまメイドさんが着替えの手伝いに来てくださった。
きっと、これも殿下が手配してくださったのだろう。
さすがは王宮である。
用意された朝食も、とてもとてもおいしかった。
しかしながら、私が純粋に食事を楽しむことができたのは、殿下のお話がはじまるまでのことだった。
「これから話すことは、この国でも限られた人しか知らないことなんだ。驚くことも多いと思うけど、心して聞いてほしい」
そんなお言葉から、殿下のお話ははじまった。
国内でも限られた人しか知らないようなことを、私に話してしまっていいのか、とか。
それと私の疑問になんの関係があるんだ、とか。
思うことはたくさんあったけれど、先ほどとは打って変わって真剣な様子の殿下を見ると、私はただ静かに頷くことしかできなかった。
「王族の正妃が、四大公爵家の人間しかなれないことは知ってると思うけど、その理由は知ってる?」
私はその理由については、ちゃんと聞いたことはない。
ただ、思い当たる理由ならばある。
おそらく、国民のほとんどが、そうだろうと思っているもの。
「やはり、高貴な方でないといけないから、でしょうか……?」
「残念、ハズレ」
そう言った殿下は、どこか楽しそうに見えた。
私の返答が、予想通りだった、ということなのかもしれない。
「実は、本当に限られた人しか知らないことなんだけど、この国では王族と四大公爵家の人間だけが魔力を持っていて、魔法が使えるんだ」
「魔法って、あの、魔法……?」
驚くことが多いとは言われていたものの、本当に予想外の驚くべき言葉の登場だった。
物語の中では、たびたび登場するものだったけれど、実在するだなんて夢にも思ってはいなかったから。
「他にどんな魔法があるのかは知らないけど、たぶんコゼットが想像しているので間違いないかな」
確かに言われてみれば、その通りだ。
おそらく、誰もが想像する魔法は、1つしかないだろう。
「こういうのだよ」
殿下がそういうと、私の周囲にきらきらとした光の粒が降り注いできた。
「わぁ、きれい……」
思わずその光に手を伸ばしたけれど、光に触れることはできない。
それは、物語の中にでも入ってしまったかのような、なんとも不思議な光景だった。
「王族は魔力が途絶えないよう、そして、より強い魔力をもった子孫を残せるよう、正妃は必ず四大公爵家の人間から迎えるようにしているんだ」
「そ、それって、つまり、王族の跡継ぎとなる方は、四大公爵家の方から生まれなければならない、ということなのでは……」
殿下は、私に側妃となり、マチルダ様の代わりに跡継ぎとなる王子を産んでほしいと仰った。
しかしながら、私はもちろん四大公爵家の出身ではないし、魔力なんてものも持ってはいない。
となると、お話が根本的に破綻してしまっているような気がしてならない。
「まぁ、理想はそうなんだけどね。必ずしも、正妃との間に子を儲けられるとも限らないから、その場合は四大公爵家以外から迎えた側妃との子を、後継者とすることもあるんだよ」
言われてみれば、そうだ。
歴代の国王の中にも、側妃の子として生まれ王となった方がいた……ような気がする。
正直なところ、歴史にはあまり詳しくはないので自信はないけれど。
「魔力を持たない相手とだと、王族の血を引いていても、一切魔力を持たずに生まれてくることもあるんだけど、ちゃんと魔力を生まれてくることもあるから。跡継ぎは、その魔力を持つ子から選ぶことになるかな」
ということは、もし私が側妃になった場合、王子であり、かつ魔力を持った子が生まれるまでは、殿下と子作りをがんばらなくてはいけない、ということになる。
「魔力を持つ者同士の間に生まれる子の方が、一般的には強い魔力を持って生まれてくる、とは言われてるんだけど、稀に魔力をもたない者との間にもとんでもない魔力を持った子が生まれたりもするんだ。不思議だよね」
殿下が私に笑みを向ける。
なんとなく、私との間にも強い魔力を持つ子が生まれるかもね、なんて言われているような気がした。




