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旦那様には好きな人がいる  作者: えくれあ


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10/10

episode 10

 

「つまり、マチルダも魔力を持っていて、魔法が使えるんだ」


 そうか、殿下の正妃に選ばれた、ということはそういうことなんだ。

 でも、マチルダ様が魔法が使えることが、私の疑問とどう関係しているのだろうか。

 そんな私の疑問は、続いた殿下のお言葉で吹き飛んでしまった。


「そして、マチルダの得意な魔法は、『魅了魔法』なんだよ」

「ええっ!?」


 本当に驚くことが多そうである。

『魅了魔法』というものがどういうものなのか、はっきりとは知らない。

 でも、その言葉から、なんとなくであれば想像することはできた。

 そして、おそらく、これが私が気になっていた1つ目、殿下がマチルダ様に仰った『それ』、なのだろう。


「俺の方がマチルダより魔力が強いからね、俺には一切効かないんだけど。魔力のないテオには、よく効いてるみたいだね」

「仕方ないだろう、わかっていても、防ぎようがないんだから」

「まぁ、かかっている間は、自分が魅了魔法にかかっている、ということさえわからなくなっちゃうからね」


 それは、つまり、旦那様がマチルダ様と相思相愛に見えたのは、マチルダ様の魅了魔法によるもの、ということなのだろうか。

 ということは、実際には相思相愛でなかった可能性もあるのだろうか。

 でも、お二人の姿を思い出すと、私にはやはり相思相愛であるとしか思えなかった。


「実は、そんな魅了魔法を、一時的にではあるんだけど、簡単に解く方法があってね」


 殿下のお声は、またも少し弾んで楽しそうに思えた。

 簡単だと仰ったけれど、楽しい方法なのだろうか。

 何にせよ、旦那様がお困りなのだとしたら、簡単な方法があるというのはありがたいことかもしれない。


「激しい嫉妬。それも、一番大切に想う、異性に対しての」

「え……」


 本当に驚いてばかりだ、と私は思った。

 魔法なんて馴染みのないもののお話をしている以上、仕方がないのかもしれないが。


「思い当たることない?夜会のダンスとか、さっきの部屋での会話とか」


 殿下とダンスを踊ったとき。

 殿下と耳元で囁きながら会話をしたとき。

 マチルダ様がすぐ傍にいらしたはずなのに、旦那様は私の元に来られた。


「それって……」


 なんだか、私にものすごく都合のいい解釈をしようとしてしまっている。

 そんな気がして、旦那様を見たけれど、旦那様は俯いてしまっていて、お顔が見えない。

 ただ、耳が赤くなっているのだけは、はっきりと確認することができた。


「だ、旦那様がお好きなのは、マチルダ様、ではないのですか……?」

「違うっ!!」


 がたん、と大きな音をたてて、旦那様が立ち上がる。


「俺が好きなのは……っ」


 私が聞き取れたのは、そこまでだった。

 その後も旦那様は何か仰っていたようだけれど、あまりにお声が小さくて私には聞こえなかった。


「テオ、肝心なところが聞き取れないんじゃ、意味ないだろ?」

「……っ」


 嗜めるような殿下のお言葉は、はっきりとしていてよく響いた。

 旦那様は今も、俯いたまま。

 少しだけ、震えていらっしゃるようにも見えた。


 今、何をお考えなのだろう。

 どんな、表情をなさっているのだろう。

 そんなことを考えていると、旦那様のお顔が勢いよくあがった。

 そのお顔が真っ赤であることに、驚く余裕は私にはなかった。


「お、俺が好きなのは……っ、コゼットだけだっ」


 後半は、やはり少しお声が小さかったけれど、今度ははっきりと私の耳にも届いたから。

 今、きっと私の顔は、旦那様に負けないくらい真っ赤になっていることだろう。




 旦那様のお言葉は、とても嬉しかった。

 本当に、本当に、嬉しかった。

 それだけは間違いないのだけれど、気恥ずかしさもあって、私は旦那様のお顔をまともに見ることもできず、また何か言葉を発することもできなかった。


 旦那様もまた、今どのような表情をされているのか私からはわからないけれど、先のお言葉の後はすっかり無言になってしまった。

 そして、沈黙が続き、少し気まずさを覚えはじめた頃、まるでその存在を思い出させるかのように、殿下の笑い声が響いた。

 同時に私の中に、ある疑問が浮かんだ。


「あの、もしかして……殿下は、ご存知だったのでしょうか……?その、旦那様の、お気持ち……」

「うん、もちろん」


 とてもとてもいい笑顔だった。

 だが、釣られて私も笑顔に、というわけにはいかなかった。


「それなのに、私に側妃のお話を持ち掛けたんですか!?」

「な、なんの話だ、それは!!」


 無言だったはずの旦那様が、すごい剣幕でお声をあげた。

 そういえば、旦那様がご存知なかった話だった。

 問いかけるタイミングを、間違えてしまったかもしれない。


「コゼットは、俺の妻なんだぞ!?」

「それは知ってるけどさ……マチルダの魅了魔法にかかっていたとはいえ、そのコゼットをずっと放置してたんだろ?」

「そ、それは……っ」

「だったら、俺の側妃として、王宮で穏やかに過ごす方が、コゼットにとっても幸せかと思ったけだよ」


 旦那様は気まずそうな表情を浮かべた後、また俯いてしまった。

 私もまた、殿下の側妃として過ごす日々も悪くないかもしれないと考えてしまっていただけに、どこか気まずかった。


「だいたい、魅了魔法にかからずに済む方法、ちゃんと教えただろ?」


 そんな方法もあったのか。

 本当に、驚くべきことが多いようだ。

 でも、それなら、どうして旦那様は……なんて考えていると、ダンっと大きな音が聞こえた。

 旦那様が、テーブルを両手で強く叩いた音、のようである。


「そ……そんな、コゼットの意思を無視するようなこと、できるわけないだろっ!!」

「だったら、同意を得ればいいじゃないか」


 ね?と、殿下は私に笑いかけてくるけれど、私が何をすればいいのかわからないので、安易に頷くことは憚られた。

 旦那様のお役に立てるなら、どんなことでもお力になりたい、とは思ってはいるけれど。


「昨日、コゼットはテオを怒らせた、なんて勘違いして泣いてたんだよ。そんなことになるより、いいだろ?」

「な、泣いたのか!?」


 なぜ、殿下は今、そんな話を持ち出すのか。

 私はただただ、慌てふためいた。

 そもそも、泣いたのは間違いないが、怒らせてしまったのは勘違いではない。


「あ、いえ、その……き、気にしないでください。私が旦那様を怒らせてしまったのは、事実ですし」

「違うっ!コゼットは、何も悪くないんだ……、俺が、その……」


 旦那様はやっぱり、お優しい。

 私が気分を害してしまったのに、私のことを責めないようにしてくださる。

 そう、思っていたのだけれど……


「嫉妬したんだよね、俺に。自分はコゼットとティータイムなんてしたことないのに、俺とは王宮で長く過ごしてたみたいだから」


 殿下だけは、先ほどからずっとお声も弾んで楽しそうだ。

 驚くべきお言葉は、私の中にすんなりとは入ってこなくて、私はそんなことを考えていた。

 だって、そんな私に都合のいい話ばかりが、続くはずなんてないのだから。


「自分は、魅了魔法にかかっているとはいえ、毎日のようにマチルダとティータイムを楽しんでいるのを棚に上げて」

「う、うるさいっ」


 まるで、殿下のお言葉が図星だと言わんばかりの旦那様の反応に、私は期待してしまうのを止められなくなる。

 期待を込めて、その後のお二人の会話に、耳を傾けてしまう。


「コゼットが誤解しちゃってるのも、わかってただろ?それなのに、何のフォローもしないなんて……」

「し、仕方ないだろ!コゼットが塞ぎ込んでいることは、報告を受けてたし、きっと誤解させてしまってるんだと思ってたさ」

「だったら、部屋に籠っているコゼットに、声くらいかけに行ってあげなよ」

「俺だって、何度も行こうと思ったさ!けど、自室にも執務室にも、マチルダの写真が飾ってあるんだ!」


 旦那様のお言葉は、だからわかるだろ、といわんばかりのご様子。

 けれど、そこで、どうして突然マチルダ様のお写真の話になるのか、私にはさっぱりわからない。

 ただ、旦那様のお言葉を疑いたいわけではないけれど、マチルダ様のお写真がそうして飾られているということは、旦那様のお心のどこかにマチルダ様がいらっしゃるのではないかと不安になる。


「おまえも知ってるだろ!マチルダの写真を見てしまうと、いつの間にかマチルダのことしか考えられなくなってしまうんだ!!」


 旦那様は、知っている想定で話していらっしゃるのに、なぜか殿下は非常に驚いていらっしゃる。

 もしかして、殿下のご存知ないお話だったのだろうか。


「嘘だろ、君たちキスもまだだったのか!?」

「へっ?」


 本当に驚くことばかりなのだけれど、こればかりは驚いて変な声をあげてしまっても、仕方ないことではないだろうか。

 マチルダ様のお写真のお話から、どうして私たちのキスの話になるのか、到底理解できない。

 もっとも、殿下の仰る通りで、私たちはキスをしたことないのは事実なのだけれど。


「いや、結婚式の時、キスしてたじゃないか!それなら、どうして……」

「し、してませんっ!!」


 つい、大きめの声で、必死に否定してしまった。

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