episode 4
「やぁ、夫人。急に呼び出して悪かったね」
王宮に着くと、王太子殿下がそれはそれはにこやかに出迎えてくださった。
けれど、私はこの笑顔の奥に、数多の怒りや不満が隠されているような気がして気が気じゃない。
「あの、ご用件は……?」
それだけ聞いて、一刻も早く帰りたい。
私の頭の中にはそれしかなかったのだけれど、物事そう上手くはいかないようだ。
「まぁ、そう焦らないで。おいしいお茶とお菓子を用意したから、まずは一緒にどうかな」
そんなことを言われてしまっては、私には応じるという選択肢しかなかったから。
「何が好きかわからないから、とりあえず女性の好きそうなものをいろいろ用意させてみたんだけど、どうかな?」
「わぁ……っ」
思わず感嘆の声が出た。
うちでも、毎日おいしいおやつを出してもらっている。
出されたお菓子に不満を感じたことなど、一度もなかった。
しかしながら、さすがは王太子殿下というべきなのだろうか。
並んでいる数も桁違いだし、うちで出るものよりも見た目もずっと華やかで美しい。
その上、今の流行りもしっかりと取り入れられたラインナップである。
すぐにでも手を伸ばしたくなるほど、どれも魅力的なお菓子ばかりだった。
「よかった。気に入ってもらえたみたいだね。さ、食べて」
そう言われ、私はごくりと唾を飲み込んだ。
「い、いただきます」
おそるおそる、まずは一番近くのお菓子に手を伸ばしてみる。
「お、おいしいっ!!」
見た目通り、いやそれ以上のおいしさに、私はただただ感動した。
「それは、よかった。シェフもきっと喜ぶよ。たくさんあるから、好きなだけ食べてね」
「はいっ」
私は、遠慮という言葉を忘れ、気づけば次から次へと手を伸ばしてしまっていた。
私がそれに気づいたのは、いちごがつやつやと輝く美しいケーキを一切れ、お腹の中に収め終えた時だった。
「ひょっとして、甘いもの、お嫌いですか?」
これで、口にしたお菓子はいったいいくつめだったのか、私は最早すっかりわからなくなっていた。
それなのに、殿下は未だに、どのお菓子にも手をつけた様子はない。
ただただ私の目の前で、優雅に紅茶を啜っているだけだった。
「あ、さすがに気づいちゃったか」
殿下が、困ったようなお顔になった。
ひょっとして、指摘することは失礼だったのかと不安になる。
「実は甘いものは苦手でね。こういう時、一緒に食べるべきなんだろうけど、ごめんね」
「いえ、そんな……」
むしろ私の方こそ、申し訳なく思った。
好きでもないお菓子を、私のためにこんなにもたくさん用意してくださって。
さらには、一人で目の前でパクパクとひたすら食べる姿をひたすら見せてしまったのだから。
「私の方こそ、気を使わせてしまって……」
「あ、それは全然いいんだ。ただ、これ、残ると困っちゃうからさ、余ったやつは全部持って帰ってくれると嬉しいな」
「えっ!?」
非常にありがたい話である。
どのお菓子も、本当においしいのだから。
ただ、これを全てとなると持ち帰ったところで、食べきれる自信はなかった。
それくらい、たくさん用意されていたのだ。
「安心して。テオは俺と違って甘いもの好きだから、帰って一緒に食べるといいよ」
「ありがとうございます」
旦那様は、喜んでくださるだろうか。
二人で、全て食べきれるだろうか。
せっかくだから、お屋敷で働く皆さんにも食べてもらうのもいいかもしれない。
そんなことを考えるだけで、私の心は弾んだ。
「うわぁ、ごめん。もう、こんな時間だ」
「えっ!?」
殿下の言葉で慌てて時間を確認し、思っていたよりもずっと時間が経っていたことに私は驚いた。
私はいつの間にか、殿下と過ごす時間をすっかり楽しんでしまっていたのだ。
おいしいお茶とお菓子が、上手く緊張を解いてくれた、というのもあったのだろう。
だが、それ以上に、殿下との会話が、ただただ楽しくて仕方がなかったのだ。
殿下は本当に博識だ、ということなのだろう。
どんな話題になっても、上手く会話を弾ませてくれた。
旦那様の元へ嫁いだところで、お茶会で誰かと会話をするような機会など私にはなかった。
そんな私にとって、ただただ私のいろんな話を聞いて、その上話をあわせてくださる殿下との時間は、とてもとても貴重なものでもあった。
「さすがに、そろそろ帰さないとテオに怒られちゃうね」
旦那様が怒るかどうかはわからない。
だが、これ以上長居すれば、さすがに皆さんに心配をかけてしまうだろう。
名残惜しい気持ちもあったけれど、そろそろ帰らなければいけないのは間違いなかった。
「あ、そういえば、ご用件は……」
長い時間滞在したというのに、私はここへ来た本来の目的である肝心の用件を、まだ聞けていなかった。
それどころか、その存在すらすっかり忘れてしまっていた。
それくらい、話に夢中になってしまっていたのだ。
「ああ、そうだった!すっかり忘れてたよ」
殿下も、同じだったことに少しだけほっとする。
同時に、この時間が、殿下にとっても楽しいものになっていたらいいなと、そう思った。
「はい、これ」
殿下にそう言って差し出されたのは、小さな紙袋。
中に入っているのは片方だけの靴。
それは、私が昨日失くしたものだった。
「あっ、これ……」
「昨日、忘れて帰っちゃったから」
そう、手当てをしてもらった後、しっかりと靴を履く前に旦那様に連れ出されてしまったのだ。
しかし、靴が片方ないことに気づいたのは、邸に戻ってから。
どこで失くしたかわからず、見つけることは諦めてしまっていたものだった。
「靴を片方忘れて帰るなんて、おとぎ話のお姫様みたいだね」
殿下が、くすりと笑いながら言う。
思い出すのは、幼い頃絵本で読んだ物語。
「それだと、殿下が王子様になってしまいますね」
絵本の中では、お姫様が忘れて行った靴を拾うのは王子様だったのだ。
「うん。まぁ、ほら、俺は正真正銘の王子様、だからね?」
ウインクまでして、茶目っ気たっぷりな殿下。
確かにそうだ、王太子殿下はまごうことなきこの国の王子様である。
残念ながら、私はお姫様ではないけれど。
「そうでしたね。ありがとうございます。もう見つからないだろうと諦めていたので、助かりました」
選んだのが誰であれ、旦那様にわざわざ買っていただいたものである。
失くしてしまったのは非常に申し訳なく思っていたので、こうして見つかってくれたことは本当にありがたく思った。
「ですが、これを渡すだけなら、従者に頼めばよかったのではないですか?」
王宮から来た使者に私に渡すよう指示しておけば、それで終わったはずである。
私を呼び出し、しかもわざわざお茶の時間まで設ける必要はなかったはずだ。
「せっかくだから、夫人とゆっくり話してみたかったんだ」
「え?」
「想像以上に楽しかったよ。だから、よかったらまた来て、こうしてお茶に付き合ってくれたら嬉しい」
「いいん、ですか……?」
きっと、社交辞令に決まっている。
真に受けてまたお邪魔してしまったら、きっと迷惑だ。
そう思っているのに、私にとってはあまりに魅力的なお誘いで、こちらから辞退することができなかった。
「うん、もちろん。また、誘うね」
「はいっ」
もしかしたら、お言葉だけで、次のお誘いなんてないのかもしれないのに。
私は、楽しみに思う気持ちを止められなかった。




