episode 14
「やぁ、コゼット。よく来たね」
殿下は今回もまた、私を笑顔で迎えてくださった。
前回と違って、今回は隣に旦那様がいらっしゃる状況であるにもかかわらず。
そう、殿下のお誘いを無下にはできないからと王宮に来ることにした私に、旦那様はしっかりとついて来てしまったのである。
「殿下、申し訳ありません、その……」
「大丈夫だよ。絶対二人で来る、と思っていたから」
さすが、王太子殿下である。
この光景を予想していたようで、事前に連絡もなく二人で訪れた私たちを笑顔で迎え入れてくださった。
「上手く、いったみたいだね」
「そ、そういうのも、わかるものなんですか?」
目の前には、にこやかな殿下とともに、今日もたくさんのおいしそうなお菓子が並んでいる。
でも、今日は、落ち着いて食べることは、できないかもしれない。
「ほら、この間マチルダがすぐに帰ってきたから。その後、テオのところに行く様子もないしね。もう、通用しなくなったんだろうなって」
そんなところから、私たちの事情が全て殿下に筒抜けのようで、なんだかいたたまれない。
「あの、殿下、それで、その……っ」
「俺たちに離婚の予定はない。だから、コゼットがおまえの側妃になることは、ありえない」
言いたかったことを、代わりに旦那様が言ってくださったのはありがたい。
どのように伝えるべきか、悩んでいたから。
とはいえ、あまりにはっきりきっぱり言いすぎなのではないかと不安になる。
「うん、それもわかってる。そもそも、テオが許すわけないって、思ってたから」
「ええっ!?」
それなら、なんでそんな話を持ち掛けてきたのだろう。
殿下のお考えが、さっぱりわからない。
「でも、コゼットは、ちょっとはそれもいいかもって思ったでしょ?」
「えっと、それは、その……」
確かにそうなのだけれど、旦那様の手前、頷きづらい。
「それで、思い浮かべたんじゃない。俺の側妃になったら、どんなことをしたいか、とか」
まさに、仰る通りである。
楽しくお喋りしたり、お食事したり、時には旅行にも行ったり、そんな日常を楽しめるかもしれない、なんてことを考えていた。
今となっては旦那様のお傍が一番だと思っているけれど、考えていた時はそれはそれでいいかもしれない、なんて思っていたのだ。
「その、思い浮かべたこと、全部テオに言っていいんだよ」
「えっ?」
私は思わず、旦那様を見てしまった。
すると、旦那様は優しい笑みを返してくださる。
「ああ、聞かせてほしい。コゼットのやりたいことは、全部やろう」
「ありがとうございます、テオ」
そうして、旦那様はお礼を言うと、なぜかとてもいい笑顔の殿下と、しっかり目があった。
「へぇ、テオって呼ぶようになったんだ」
そういえば、殿下の前でそう呼ぶのは、これがはじめてだった。
気づいてしまうと、途端に恥ずかしさが押し寄せる。
「あ、いや、その、あの……っ」
「揶揄うな、ウィル。やっと慣れてきたところなんだぞ。また、旦那様に戻ったらどうしてくれる」
「あー、はいはい。気をつけるよ」
旦那様はとても鋭い視線を向けていらっしゃるのに、殿下はやはり涼しい顔でへらりと笑っていらっしゃる。
これがお二人の、いつものやり取り、ということなのかもしれない。
「あ、あの、マチルダ様は……」
話題を変えたい、そんな思いが圧倒的に強かったけれど、気になっていたのも確かだ。
旦那様を奪ってしまったようで、少しだけ、マチルダ様に申し訳なく思う気持ちも、あったから。
「うーん、まぁ、落ち込んではいるのかな。ちょっと塞ぎ込んでいるみたい。まぁ、でも、これをきっかけに、少しでも関係改善できるように、俺も頑張ってみるから、心配しないで」
殿下がそう仰るなら、大丈夫なのかもしれない。
あとは、ご夫婦の問題でもあるだろうから、下手に口を出さないのが一番だろう。
「マチルダ様も、テオが本当にお好きだったんでしょうね」
「違う」
「え……?」
しみじみと呟いた私の言葉を、間髪を入れず否定してきたのは、旦那様だった。
けれど、それを否定されてしまうと、マチルダ様の行動の、説明がつかないような気がしてならない。
「マチルダが好きなのは、昔からウィルただ一人だ」
「え、えええええええっ!?」
最近は、本当に、驚かされてばかりだったけれど、その中でも一番の驚きかもしれない。
私の中は、だったらなぜ、という疑問でいっぱいになった。
「じゃ、じゃあ、なんで、旦那様に魅了魔法を……」
「俺には、ほら、通用しないからさ」
「いや、だからって」
確かに、殿下には効かないとお聞きしているけれど。
それを代わりに旦那様に使ったところで、何の解決にもならないはずだ。
そもそも、殿下のことをお好きだとして、魅了魔法でなんとかしようという発想も、すでにおかしいのだけれど。
「ウィルの気を惹こうとしてたんだよ。まぁ、失敗に終わってるけどな」
そりゃあ、そうなるだろう、と思う。
魅了魔法を他の人に使って殿下の気を惹こうだなんて、頑張る方向を間違えすぎている。
そして、それに巻き込まれただけだとすれば、旦那様が哀れでならない。
「殿下は、マチルダ様がお好きでは、ないんですか?」
魅了魔法を使ってまで、ということは、たぶんそういうことなのだろうとは思った。
もし、殿下もマチルダ様をお好きならば、全ては丸く収まっただろうに。
やはりというか、殿下は私の言葉を肯定するように頷かれた。
「嫌いではないけどね。まぁ、コゼットと同じかな。かわいい妹、みたいな」
それでも、嫌われているよりは、ずっといいけれど。
少し前に出会ったばかりの私と同様、というのは少しマチルダ様が不憫に思えた。
マチルダ様はきっと、それでは満足できなかったのだろう。
けれど、相手に本当に好きになって欲しいのなら、たぶん魅了魔法を使わない方法を考えた方がいいと思う。
魔法を使える方々は、もしかしたら、そういった感覚がズレてしまっているのかもしれないけど。
「まぁ、コゼットと違って、マチルダはちょっとわがままで、手がかかる感じだけど。でも、ま、そんなところも、かわいいよね」
「あれをちょっとわがままだとか、そんなところもかわいい、なんて言葉で済ませられるの、おまえくらいだろ」
吐き捨てるような、旦那様のお言葉に私は完全に同意である。
魅了魔法まで使ってどうにかしようとするお方を、ちょっとわがまま、なんてかわいい表現で終わらせることができる人は少ないだろう。
そんなところもかわいい、だなんて思えるわけがない。
やはり、魔法を使う方々は、ちょっと感覚がズレてしまっていそうだ。
「そうかな。かからないってわかってるのに、どうにか俺に魅了魔法をかけようとして失敗してる姿とか、かわいいと思うけどねー」
殿下は、妹のように思っている、と仰ったけれど。
私は、このお二人は、案外お似合いなのではないかと思えてきた。
相思相愛になれる日が来るのも、そう遠くはないのではないだろうか。
「俺たちのことは、いいからさ。それより、せっかく二人で来たんだ。もっと二人の話を聞かせてよ」
「私たちの、ですか?」
何を話せばいいのだろう。
私たちが、顔を見合わせた時だった。
「例えば、二人の初夜は、どんな感じだったのか、とか」
そんなびっくりするような殿下のお言葉に、私は盛大に咳き込んだ。
「そ……っ、そんなことっ、話せるわけないだろうっ!!」
旦那様の怒号が響く中、上手く言葉を発することができない私は、隣で必死にこくこくと何度も頷いた。
「んー、残念だなぁ」
そう言った、殿下は、それほど残念そうには見えない。
私たちの反応を、楽しんでいるだけなのではないだろうか。
お願いだから、心臓に悪いことを聞くのは、やめていただきたい。
「ところで、あの、魔法のお話、私なんかがお聞きしても、よかったんでしょうか……?」
話を変えたかったこともあり、私は殿下に問いかけた。
これも、気になっていたことは、間違いない。
この国でも、限られた人しか知らないようなこと、いくら旦那様のためでもあるとはいえ、私なんかが知ってしまったことが申し訳なかったのだ。
「それなら、問題ない。俺も、幼い頃から知る話だ」
答えを返してくださったのは、なぜか旦那様だった。
「それに、初代国王による制約魔法がかかっていて、知ってはいけない人間には、今も話せないようになっているんだ」
あらためて、魔法ってすごいものなんだ、と思い知らされるようだった。
「知っているのは、この国の王族、四大公爵家、それから一部の侯爵家だけなんだ」
そう仰ったのは、殿下だった。
王族、四大公爵家、まではわかる。
殿下のお話によれば、魔法を使えるのはこの人たちなのだから。
しかしながら、魔法は使えないだろう侯爵家まで、知る必要があるのだろうか……
「王族の正妃は必ず四大公爵家から選ばれる。だが、四大公爵家の人間が、全て王族、もしくは四大公爵家の誰かと婚姻する、というのは難しいこともある」
殿下のお言葉を引き継ぐように、また旦那様が説明をしてくださる。
まるで、私の心の中に浮かんだ疑問を、察してくださったかのように。
「その場合、一部の侯爵家とのみ、婚姻が許されているんだ。そして、その侯爵家には、その事実が知らされている」
「それなら、侯爵家の中にも、魔法が使える方がいたり、しないんでしょうか?」
片方が魔力を持っていれば、魔力を持った子が生まれる可能性はあったはずだ。
それなら、侯爵家の血を引く、魔力を持った子、というのが誕生していても不思議ではないはずである。
もしかして、許されている、というだけで事例はなかったのだろうか。
「そうならないため、でもあるんだよ。侯爵家に伝えているのは」
殿下のそのお言葉を聞く限り、事例がない、というわけではなさそうな気がした。
となると、魔力を持たない子どもしかできない方法、でもあるのかもしれない。
「もし、魔力を持つ子が侯爵家に生まれた場合、必ず四大公爵家に養子に出す決まりなんだ」
「子の代では魔力は持たなかったとしても、その血を引く以上、孫やひ孫の代で突然魔力を持った子が生まれるかもしれない。そうした場合、すぐに養子に出せるよう、一部の侯爵家の人間には必ずこの事実が伝えられるんだ」
「な、なるほど……」
旦那様と殿下の説明は、とてもわかりやすく、よく理解はできた。
けれど、魔法を使える人間が、他の家に広がっていかないよう、かなり徹底されている様子に、私は少し引き気味になってしまった。
そこまでしようとした、過去の偉人たちの思いまでは、私にはちょっと理解できなかったから。
「セルヴァン侯爵家は、その一部の侯爵家の一つだから、侯爵夫人であるコゼットが知っても、何の問題もないよ」
殿下にそう言っていただけると、侯爵家の一員として認めていただけたようで嬉しい。
「ま、もし、離婚したとしても、俺の側妃になるだけだし、ね」
「そんなことは、ありえないと言っただろう!!」
「あははははは……っ」
さっきの一言で、終わっていてくれたらよかったのに。
旦那様の怒った声と、殿下の楽しそうな笑い声を聞きながら、私はそう思わずにはいられなかった。
殿下は、旦那様を揶揄うのが、楽しくて仕方がないように見える。
私のことをいろいろ気遣ってくださったことには感謝しているけれど、もしかしたら、それも旦那様を揶揄うよい道具にするため、だったのかもしれない。
楽しそうな殿下を見ていると、どうしてもそう思えてならなかった。
帰る時が来ても、殿下は穏便に見送ってはくれなかった。
「俺、コゼットのことは、変わらず妹のように思ってるから、困った時はいつでも頼ってね」
私の手をしっかりと握って、そう仰るお姿は、もう旦那様を怒らせようとしているようにしか見えない。
「コゼットには俺がいるから、不要だ」
ちゃんと、おそらくは殿下の目論見通りに、旦那様の不機嫌なお声も聞こえてくる。
「えーそんなことないだろ?権力は俺の方が上なんだから、テオにはできないことでも、俺ならいろいろと力になれるよ?」
「それなら、俺から頼めばいいだろ。とにかく不要だ」
楽しくて仕方がない、といった殿下と、さらに不機嫌になっていく旦那様。
私はただ、曖昧に笑ってお二人を眺めることが精一杯だった。
「テオはああ言ってるけど、いつでも待ってるからね」
最後の最後、旦那様には聞こえないよう、囁かれるように言われた言葉。
これは、きっと、旦那様を揶揄うための言葉ではなく、本心から言ってくださっているのだろうと、そう思えた。




