episode 15
そして、帰りの馬車でのことだった。
「教えてくれないか?さっき話した、コゼットのやりたいこと」
旦那様の表情は優しく、重ねられた手はとても温かい。
何でも言ってかまわない、そう言ってくださっているような気がした。
「あの……お仕事のついでで、かまいません。どこかに、一緒に、お出かけしてみたいです」
殿下が仰っていたような、視察についていくようなものでかまわない。
場所も、出かけられるなら、どこだっていい。
ただ、旦那様とご一緒できれば、それだけで私は満足だ。
「俺は、ついでなんて、嫌だ。ちゃんと計画して、どこかへ行こう。行きたいところ、一緒に考えよう」
「いいんですか?」
「もちろん」
一緒にお出かけするのと同じくらい、一緒に行き先を考えるのが楽しみだった。
私はきっと、旦那様と一緒なら、なんだって楽しいだろう。
「他には、何かないのか?」
「そう、ですね……旦那様と一緒にお茶をするのは、もう叶ってしまいましたし……」
魅了魔法が解けてしまったことで、なんだかんだ、いろいろな願いがあっさりと叶ってしまっているような気がする。
「どんな些細なことでも、言ってかまわないんだよ」
「えーっと……」
必死にやりたいことを、考えてみる。
しかし、こうして問われると、意外と思いつかないものだった。
「やりたいこと、ではなく、して欲しいこと、でもいいでしょうか……?」
「もちろん」
ようやく浮かんだことは、私が何かする、といったことではなかった。
それでも、旦那様は嫌な顔一つせず頷いてくださって、ほっとする。
「でしたら、テオに、ドレスを選んでいただきたいです。あと、できれば、アクセサリーも一緒に……」
夜会やパーティーのための、新しいドレスを見るたびに思っていたことだった。
旦那様が用意してくださったとお聞きしていたけれど、きっと選んでくださったのは使用人の皆さんで。
いつか、本当に旦那様が選んでくださったものを、身につけてみたいと。
「それなら、いつも選んでいただろう?気に入らなかった?」
私はしばし固まってしまった。
さらりと言われた旦那様のお言葉は、あまりに衝撃的ですぐには理解ができなかったから。
だって、そんなこと、絶対にあるはずない、とそう信じていたのだ。
「え?ええっ!?あ、あれって、使用人の皆さんが選んだものじゃ、なかったんですか?」
「俺が選んだものだって、聞いていなかったのか?」
聞いている。
確かに、皆さんそのように仰っていらした。
でも、きっと、私を気遣った方便だと、そう思い込んでしまっていた。
そんな自分が、情けなく、恥ずかしく思えた。
「いえ、お聞きしてはいたんですが、皆さんが気を使って言ってくださっているだけかと思っていて……その、すみません」
本当に旦那様が選んだものだったのなら、もっと噛み締めて着用すべきだった。
なんだか、とてつもなくもったいないことをしてしまった気がして、落ち込んでしまう。
「そんなに、落ち込むな。これからも、いくらでも選んでやるから」
それは、非常にありがたいことだ。
けれども、やっぱり、もったいないものはもったいない。
せめて、戻ったら、今までいただいたドレスを、もう一度しっかり眺めよう。
私はそう心に決めていた。
「でも、私のドレスを選ぶことはできたんですね」
もっと、マチルダ様のことばかり考えてしまっていたのかと思っていたのに。
魅了魔法にかかった状態でも、私のドレスを選んで贈っていてくださったという事実は、とても嬉しいものだった。
「ああ。マチルダの姿を見ることさえなければ、コゼットを見ればコゼットのことだけ考えることができたんだ」
「ほら、夜会だって、そうだったろ。その、マチルダの姿を見るまでは、ちゃんと君をエスコートしていたはずだ……その後は、完全に放置してしまっていたが」
「そうですね。いつも、エスコートしてくださるの、とても楽しみにしていました」
それが、会場に着くまでであっても、私はとても幸せだった。
だから、旦那様には、あまりこの件で思い詰めてほしくはない。
「今度は、一緒にドレスを選びに行こうか」
「いいんですか!?嬉しいですっ」
旦那様と一緒に何かができる。
それが、今の私にとっては一番嬉しいことである。
一緒にドレスを選びに行くのを想像するだけで、わくわくする気持ちが止まらない。
「他にも、買いたいものがあれば、買おう」
「あっ!それなら、殿下に何かお礼がしたいです」
私がそう言った途端、予想はしていたものの、旦那様の表情は一気に曇ってしまった。
けれども、私としては、それでも殿下にはいろいろとお世話になったと思っているので、少しでも何かお礼がしたい。
「やっぱり、駄目でしょうか……?」
旦那様がどうしてもお嫌なら、無理強いはできない。
何か、他の方法を考えよう、そう思った時だった。
「……コゼットが、望むのなら」
とっても嫌そうで、渋々、といった感じだったけれど、旦那様は了承してくださった。
「あとは、マチルダ様にも、何か元気が出るようなものをお贈りしたいです」
少し、不憫に思う気持ちもあったし、申し訳なく思う気持ちもあった。
何かしてすっきりしたい、という自己満足にすぎないけれど、元気になってほしいと思う気持ちは嘘ではない。
それに、これを機に、旦那様と殿下の幼馴染でもあるマチルダ様と、少し仲良くなれたら、そんな思いもあった。
「はぁ!?さすがに、マチルダには、不要だろう」
「駄目、ですか……?」
こればかりは、旦那様がお嫌なら諦めよう。
そう、思ってはいたのだけれど。
「はぁ……君が、望むのなら、そうしよう」
やっぱりとっても嫌そうだったけれど、旦那様は私の意向を優先してくださった。
そんな旦那様にも、こっそり何かお礼を考えておこう。
「他には?」
もう、十分だと思うのだけれど、旦那様はさらに聞いてくる。
他に何かあっただろうか、と私は必死に首を捻った。
「んー……あっ!テオは何か、ないですか?テオのやりたいこと、一緒にやりたいです」
「そう、だな……」
今度は、旦那様が首を捻っている。
必死に考えている、そんな様子もとても素敵だった。
「俺も、どちらかというと、して欲しいこと、になりそうだが、いいだろうか?」
「も、もちろんです」
私ばかりがお願いするのも、おかしな話だ。
それに、旦那様のお役に立てることがあるなら、嬉しい。
「写真、撮らせてほしい」
「えっ?」
「マチルダの写真があったところに、コゼットの写真を飾りたいんだ」
予想外の、お言葉だった。
マチルダ様のお写真は、よく目につくところに飾ってあった。
同じように飾られるのは、なんだか恥ずかしい。
でも、飾りたいと思ってくださる旦那様のお気持ちは、とても嬉しい。
とても、複雑な感情だった。
「テオが、そう、したいのでしたら……」
なんだか、さっきと逆になったような気がする。
そう思いながら返答すると、旦那様の嬉しそうな笑みが見れて、それが何より嬉しかった。
「それから、夜会で君とダンスを踊りたい」
それなら、もう、やってしまったような……
「ウィルとの方が、楽しそうに見えたから、リベンジさせてほしいんだ」
確かに、殿下との方が楽しかった、というのは否定できないかもしれない。
だって、旦那様とのダンスは、緊張しすぎてそれどころではなかったのである。
「そのために、練習にも付き合ってほしい」
「練習、ですか……?」
それは、正直非常にありがたいお話だ。
私はダンスは得意ではないし、今後踊る可能性があるなら練習は必要だと思うから。
「俺、コゼットとだと、その緊張して上手くリードできなくて……だから、ちゃんとリードできるようになりたいんだ」
ふと、殿下のお言葉を思い出した。
好きな子の前ではびっくりするくらい緊張して、上手くリードでができない。
そんなことを、お話しになられていらしたような……
あの時は、マチルダ様の前の話をしていると思っていた。
あれも、私のことを仰っていたのだろう。
そう思うだけで、顔が熱くなっていく。
「わ、私も練習したい、です。ダンス、上手く踊れなくて、その……たくさん足を踏んでしまう、から……」
「足を踏むくらい、気にしないが。俺の練習に付き合ってくれるのは、ありがたい」
先日も踏んでしまったというのに、旦那様はやっぱりお優しい。
私のための練習でもあるのに、あくまで旦那様のための練習のようにも仰る。
「次回は、2回、踊れるといいな」
「靴、ちゃんと慣らしておきますね」
「買うときに、履き心地のよいものを選ぶようにもしよう」
確かにそれも大事かもしれない。
靴は、慎重に選んで決めるようにしよう。
「それから、その言葉遣い」
「へ?」
次の内容へと移ったのは、よかったのだけれど。
正直、それだけでは、どうして欲しいのかパッと想像できなかった。
それほど失礼な言葉遣い、ではないつもりだったから。
「いつまでもそんな他人行儀じゃなくて、もう少しくだけた話し方をしてほしい」
「え?ええっと……」
そんな、他人行儀なつもりは、なかったのだけれど……
「ど、努力します……?じゃなくて、努力、する、ます?あれ?えっと……」
旦那様がぷっと吹き出すのが聞こえた。
「かわいい」
ただでさえ、恥ずかしくて顔が赤くなってしまっているだろうに、旦那様はますます私の顔が赤くなるようなことを平然と仰る。
「ゆっくりでいいから、慣れていってほしい」
「はい……じゃ、なくて……う、ん?」
「うん」
なんだか、とっても前途多難な予感しかしないけれど。
でも、頷いただけで旦那様が嬉しそうなので、頑張ってみようとは思う。
「あと、もう一ついい?」
そのお言葉で、きっとこれが最後なのだろう、とは思った。
「なんでしょう?」
終わってしまうのを、どこか名残惜しく思いながら訊ねた、のだけれど……
「キス、したい」
「へっ!?」
最後は、一番予想外な内容だったようである。
「い、今、ですか……?」
「うん、今。駄目、だろうか」
窺うような旦那様の視線は、どこか熱っぽい。
「だ、駄目……じゃない、です……」
そう、駄目なはずがない。
だって、私も、今したいと、思ってしまっているから。
旦那様の手が私の肩に触れる。
それを受けて、私はゆっくりと目を閉じた。
いつものように触れるだけの優しいキスではなく、今日のキスはとても深いものだった。
旦那様とマチルダ様の仲睦まじい様子を眺める、それがずっと私の日常だったはずなのに。
いつの間にか、朝目が覚めると隣に旦那様がいらっしゃるのが、日常となりつつある。
「ふふ」
まだ眠っている旦那様は、起きている時より少し、あどけなく感じる。
すり、とすり寄るように旦那様に身体を寄せると、旦那様が身じろぎした。
しまった、これは起きてしまうかも、と思った時にはもう遅く、旦那様の瞼が震えた。
「コゼット……?」
ぽやぽやした、旦那様のお声が聞こえる。
目は、まだ開ききってはいないようだ。
「おはよう、テオ」
私がそう言って、さらに旦那様にくっついてみると、ぎゅうっと強く抱きしめられる。
「もう少しだけ、このまま……」
とても眠そうで、やっぱり目は開ききってはいない。
それなのに、腕の力だけはしっかりとしていて、抱きしめられるのがとても心地がいい。
「あと少し、だけだよ」
私も、もう少しだけ、このままでいたいから。
きっと、私たちはこの後も、一緒に過ごすだろうけれど。
それでも、この幸せな時間を、もう少しだけ堪能していたくて。
私からもそっと、旦那様へ抱き着いた。
これにて、完結となります。
最後までこのお話を見守ってくださいました、全ての方に感謝です。
いつか、番外編としてウィルとマチルダのお話もどこかで書けたらいいなぁと思っていたりはするので、もし書いた際にはまた読みに来てくださると嬉しいです。




