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【8/1番外編追加】『聖女という立場に縋る強欲な女は地獄に堕ちろ』と言われたので、神の加護ごと隣国へ移ります【完結】  作者: 木風


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第四話 貴女の決断を尊重します

 ヴァルテに来て半年が過ぎた頃、ヴァルシア王国から奇妙な噂が届き始めた。


 まず、王都で疫病が流行した。

 原因不明の発熱と倦怠感が広がり、神殿が祈祷を行っても一向に収まらない。

 次に、北部の農村で害虫が大発生し、秋の収穫が壊滅した。

 さらに、王都近郊の川が突如として濁り始め、魚が死に絶えた。


 エリクが報告書を携えて彼女の元を訪れた時、その顔には複雑な表情が浮かんでいた。


「アリア。ヴァルシアの件、聞いていますか」

「ええ。三件が同時に、でしょう」

「貴女の見解は」

「ヴァルシア王国は今、神の加護を失いつつあります」

「加護を失う……」


 慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりと尋ねた。


「それは、貴女がいなくなったからですか」

「正確には、私を不要だと断じたからです」


 窓の外を見ると、庭ではあのリンゴの木から移した若木が、白い花をつけていた。


「聖女の力は、戦闘や浄化のためだけにあるものではありません。聖女が国に在ること自体が、神の加護の証なのです。私がいる間、ヴァルシアはその恩恵をひとつも意識せず享受していました」

「そして、彼らは貴女を追い出した」

「はい。道具はいらないと言って」


 天罰などという大袈裟なものではない。

 ただ、守りが消えた。

 それだけの話。


 けれど、そのそれだけが、国一つを揺るがすことを、アリアもエリクもよく知っていた。


 ヴァルシア王都は、混乱の中にあった。

 疫病は拡大し、宮廷の者にも罹患者が出た。

 かつて聖女がいた頃は、こういった災いが起きると、アリアが浄化の祈りを捧げた。

 すると翌朝には、嘘のように熱が引き、水は澄み、畑は息を吹き返した。


 けれど今、その奇跡はどこにもない。

 神殿では、神殿長が青ざめた顔で祈祷を繰り返していた。


「新たな聖女を召喚せよ」


 王宮からの命令に従い、召喚の儀は三度行われた。

 しかし、神殿の祭壇に光は降りなかった。


 一度目も。

 二度目も。

 三度目も。

 ただ冷たい沈黙だけが、広い神殿を満たした。


「神は……まだ我々にお怒りのようです」


 神殿長が震える声で告げると、レイナルドは怒りのままに卓を叩いた。


「だからアリアを連れ戻せと言っているのだ!何故できない!」

「アリア様は、現在ヴァルテ王国の庇護下にあります。強引に連れ戻せば、外交問題に」

「では外交で解決しろ!」


 しかし外交もまた、思うようには進まなかった。

 ヴァルテは、いつの間にか外交上の重みを増していた。

 アリアが来て以来、北部は回復し、経済は好転した。

 周辺諸国との関係も改善され、ヴァルテ産の穀物や薬草は高く評価され始めている。


 小国だと思っていたヴァルテは、今や聖女の国として一目置かれる存在になっていた。


 一方、カミラは王太子妃候補として優雅に振る舞い続けていた。

 けれど、その微笑みは次第にこわばっていった。

 民の視線が変わり始めたからだ。


 聖女を追い出したのは誰か。

 魔王を討った女を、戦場帰りの女と蔑んだのは誰か。

 代わりに王太子の隣に立ったカミラは、いったい何を救えるのか。


 やがて神殿は、カミラに祈祷の場へ立つよう求めた。

 王太子妃にふさわしい清廉な令嬢だというのなら、神も応えるはずだと。

 白い祈祷衣を着せられたカミラは、震える手で祭壇の前に立った。

 レイナルドはそれを見守り、神殿長は必死に祝詞を唱えた。


 けれど、何も起こらなかった。

 白金の光は降らない。

 水は澄まない。

 病人の熱も下がらない。


 集まっていた民衆の間に、失望が波のように広がった。

 カミラはその場に崩れ落ち、泣きながら叫ぶ。


「私のせいではありません!あの女が、アリアが、国を見捨てたから!」


 その言葉は、民の心をますます冷やした。

 見捨てたのは、どちらだったのか。

 誰もが、少しずつ気づき始めていた。


 ある夜、レイナルドは一人で書斎に籠っていた。

 机の上には、送り返された書簡が置かれている。

 封は切られていない。

 アリアは、自分の手紙を読むことすらしなかった。


 レイナルドは、あの日の彼女の言葉を思い返す。


『私は世界を救いました。

 あなたは今、その私に向かって、もう何もできないとおっしゃった。

 では、そのお言葉を、お忘れなきよう』


 あの時の彼女は怒っていなかった。

 泣いてもいなかった。

 恨み言すら言わなかった。

 ただ、静かに見限っていた。


 その事実が、今になって彼の背筋を冷たく撫でた。


 ヴァルシア王国から最初の使者が来たのは、その数日後だった。


「聖女アリア様に、ヴァルシア王国へのご帰還をお願い申し上げます。現在の国難をご救済いただきたく——」


 アリアは使者の目を見て、静かに言った。


「私は今、ヴァルテ王国の仕事をしています」

「しかし、ヴァルシアはあなたの故国でございます」

「故国が私を必要とするのは、困った時だけなのですか」


 まっすぐ、目を逸らさずに彼女は続けた。


「お帰りください。ヴァルシアのことは、ヴァルシアの方々でお考えください」


 扉が閉まった後、エリクが心配そうに声をかけた。


「よろしかったのですか、アリア」

「私が帰っても、彼らは何も変わらないでしょう。同じことを繰り返すだけです」

「それでも、心が痛みませんか」

「痛みます」


 アリアは少しだけ悩みながら、正直に答えた。


「民には罪がありません。けれど、私が戻れば、王家も神殿も、自分たちが何をしたのか考えなくなる。救えば終わりではありません。救い方を変えなければ、何度でも同じことが起きます」


 エリクはしばらく彼女を見つめ、それから、静かに頷いた。


「貴女の決断を尊重します」


 その言葉に、アリアの胸は少しだけ軽くなった。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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― 新着の感想 ―
は?外交なら当然『戦争』という選択肢があるだろ? 聖女を奪還する為の『聖戦』だとか国民を煽って侵略すればいいじゃん? まだ余力のある内に隣国を攻め落とせなければ自国が崩壊するなら誰も反対しないだろ??…
うーん、突然召喚とかいうシステムが出てきた。 現聖女はこの世界の人間なんですよね?
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