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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第四章 ハイラスレシアの片隅で
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最終話

「ソフィー!やだっ、何してるの!」


 数分目を離しただけで、何故こうなるのだ。

 いつの間にかソフィーがダイニングに入ってきていて、彼女が座る床にブドウやらイチジクやらが散乱していた。

 フサから取れたブドウの緑色の実を、ソフィーがその小さな手で押し潰し、床に敷いたカーペットを汚している。

 彼女は怒られたと分かったのか、床の上のブドウを一房掴むと、ポイッ、と呟きながら遠くに放った。


「もー!もー!なんでこんな事するの?!」


 既にドレスに着替えていた私は、半狂乱になりながら床に転がる果物をテーブルの上の皿に戻した。

 そもそもこのテーブルに、一歳半のソフィーの手が届く訳がないのだ。ソフィーは父親譲りのバカに強い能力を使って、床に落としたに違いない。

 以前買った育児書にはこう書いてあった。

 お子さんが立っちをする様になったら、手の届く所に危ない物は置かない様にしましょう、と。

 しかし手が届かない所の物までお構いなしに取れてしまううちの娘の場合、どうしたら良い。

 小言を言いながらソフィーを持ち上げ、果物の汁で汚れた服を脱がせていると、義母がこちらにやって来た。


「あらあら、まあまあ。ソフィーちゃまったら。また力を使って。本当に頼もしいわねぇ。ほほほ。」


 呑気な義母をキッと睨むと、彼女は肩を竦めた。


「ルディガーもこんなものだったわよ。ルディガーの娘なんだから仕方がないわよ。大目にみてやって。」


 そう笑いながら、彼女が右手を汚れたカーペットにかざすと、カーペットに染み込んだ果物の汁がまるで見えない掃除機にでも吸い取られたかの様に消失した。

 何を隠そう、この義母こそが神官長と我が娘の力のルーツに違いない。


「お義母様もこうだったんでしょうねぇ」と言いたいのを我慢し、私はソフィーにもお出かけ用のドレスを着せた。

 着替えている間中、ソフィーは「もー、もー!だめよー。」と嬉しそうに私の口癖を真似していた。


「ほら御覧なさい、貴方がいつも怒ってばかりだから、ソフィーちゃまがこんな言葉から覚えて。」


 小言、というより一言いつも多い義母であるが、ソフィーが生まれてから義母にかなり世話になっている手前、そこは目を瞑るしかない。

 ルディガーの両親は田舎に所有する別荘に長らく住んでいたのだが、私がソフィーを妊娠した頃に義父が亡くなり、義母と同居をする事になった。

 義母は昔きっと美人だったのだろうが、今はかなりふくよかな人だった。彼女は日常生活の中でも、私には謎の神技を豊かに繰り出した。そうして義母は、見た目がおとぎ話に登場する魔法使いのおばあさんそのものだった。トンガリ帽子を被せてステッキを持たせてみたいといつも思っている。

 ソフィーは容貌が私にソックリで、残念なことに父親の美貌はまるで受け継いでいなかった。しかし神技を操る能力は父親譲りで、初めての子育てな上に余計な苦労が重なり、私はかなり育児疲れしていた。

 私は結婚前は帝都の隷民シェルターのお手伝いをボランティアとして定期的にしていた。結婚してからは神官長の妻としての立場上、そうもいかなくなってしまい、一時は家に篭りきりになってしまった。だが義母が来てくれたお陰で、たまにソフィーを見て貰って、その間に自分が色々と外出出来る機会も増えたので、ますます頭が上がらない。しかし、この束の間の自由の時間が無ければ、立派な育児ノイローゼになっていたかもしれない。


「貴女も早くお化粧を済ませてらっしゃいな。遅刻してしまうわよ。」

「化粧はもう終わりました。」

「あらっ、まあ。貴女のお化粧はいつも分かりにくいわねぇ。」


 それ褒め言葉なのだろうか。違う気がするが、敢えて聞かないでおこう。

 ソフィーは自分が着ている長いドレスの裾を顔までめくり上げて、いないいないばあをやり始めていた。

 私はその間抜けな様子にちょっと笑いながら、彼女を抱き上げた。


「では行ってきますね。」


 出かける前の挨拶をすると義母はにこにこ笑って手を振り、私の腕の中のソフィーにキスをした。


「ソフィーちゃま、お父様のお仕事のお邪魔をくれぐれもしないようにね。」






 我が家から神殿庁までは近いのだが、今日は道路が混雑していてなかなか着かなかった。馬車は少し進んでは止まる、を繰り返す。

 目抜き通りにはたくさんの人々が押し寄せていて、神殿庁が近づくに連れ、その人数は増えていった。

 手に花を持っている人が多く、また街中もいつも以上に花で飾り立てられ、家々の窓には可愛いモールや装飾が吊り下げられて、帝都は今日という日の特別な雰囲気に包まれていた。馬車の窓から、赤い横断幕を掲げる民家も見えた。横断幕に掲げられた字を感慨深く読む。

 ーーー巫女姫様、御婚約おめでとうございます。



 馬車が神殿庁に近づくにつれ、私の胸は高鳴った。

 それは膝の上に座るソフィーにも伝わったのか、彼女も珍しく私の膝の上でおとなしくしていた。

 私たちは太く長い列柱が立ち並んだ巨大な建物である、神殿庁の目の前まで馬車で乗り付けた。広大な敷地の入り口である、大きな木の扉の前に聖騎士が立っており、うちの馬車の御者が招待状を見せ、扉が開かれた。


「ご案内致します!奥様。」


 神官長の妻に対する特別なサービスなのか、聖騎士がワラワラと駆け寄ってくると、皆でうちの馬車を停車場まで誘導し、私が下車するとそれを待ち構える様に事務員たちが整列して立っていた。

 その中には私がここで護女官をやっていた時に顔見知りだった事務員もいた。

 彼女は私に満面の笑みで挨拶をしてくれた。


「会場の主聖堂までご案内します。」


 主聖堂に着くまでの道のりで、私と事務員は昔話に花を咲かせた。

 サイトウさんがやってきたばかりの頃の少し混乱した当時の様子や、私がいた頃の同僚の近況についても教えてくれた。

 主聖堂には一歳のソフィーは連れていけないので、神殿庁の託児室に寄り道をした。

 普段は神殿庁の職員の子を預かる施設なのだが、今日の招待客が預けた乳幼児たちが既に何人かいた。

 自分の娘がここでも妙な力を使って、周りを困らせやしないか、と不安がよぎった。だがふと奥の方の床の上に座っている、二歳くらいの男の子を見ると、その子は小さな両手を上げて目の前に積んだ積み木のパーツをフワフワと浮かせていた。

 なるほど、神官たちの子供が集まる施設なのだ。ソフィーの様な子にも皆慣れてくれているに違いない。

 ほっと少し胸を撫で下ろした。



 主聖堂の中は既に招待客がたくさんいた。

 入り口から奥に向かって、まるでバージンロードの様に通路が設けられ、招待客のための席が両側に並べられていた。天井は高すぎて上の方は暗く、隣の人と囁き声で話している程度であっても、招待客たちの声が主聖堂の空間の中で反響をした。

 二階席には数え切れないほどの合唱員たちが集められていて、歌いだしを今か今かと待っていた。


 二百五十年ぶりに降臨した巫女姫の婚約の儀が、ついに始まった。

 合唱員の一人が管楽器を鳴らし始め、静まり返った招待客たちが見つめる、聖堂奥の扉が開くと、神官長とサイトウさんが姿を現した。

 サイトウさんは幾重にも重ねられたレースが輝く、純白のドレスを着ていた。

 艶やかな黒髪は結い上げられ、金色のティアラが載せられていた。

 合唱員による美しい歌声が響き渡る中、入り口から一人の男が主聖堂に入り、歩きだした。

 クラウスだった。

 いつもの聖騎士の衣装ではなく、純白の上下にマントを着用していた。

 日本で言う、バージンロードを進むのが女性の方ではなく、クラウスであるということに、私は一人面白さを感じてしまい、前方へとゆっくり進むクラウスをじっと見た。

 やがてクラウスが巫女姫の前につくと、彼は膝をついた。

 神官長が手に持っていた錫杖を、強く石の床に叩きつける。

 ガシャン!!と大きな音が反響し、クラウスが再び顔を上げ、立ち上がる。

 その彼の元へ巫女姫が手を伸ばし、今度は二人並んで神官長と向き合った。

 神官長は長く黄色い布を二人の前に掲げると、それを二人が差し出した手首に何重にも巻きつけた。

 それを待っていたかの様に、遥か上方から、厳かな鐘の音が聞こえてきた。

 空に突き出る神殿庁の高い塔のてっぺんにある、鐘という鐘が今や打ち鳴らされていた。

 やがて、ドーン、という地を揺する低い音が遠くから鳴り響いた。

 巫女姫の婚約を祝福する大砲が、宮殿からうたれたのだ。

  婚約でこの騒ぎだ。結婚の儀は一体どうなってしまうのだろう、と漠然と不安になった。




 主聖堂での式典が終わると、祝いの席は庭園に移された。そうなると荘厳で畏まった雰囲気は一変して、立食形式の華やかで気さくなパーティーになった。青々とした芝生の上にテーブルが置かれ、そこに料理や飲み物が並べられていて、周囲にはたくさんの花々が飾られていた。

 ここからは関係者の子どもたちも参加が可能なので、私はソフィーを迎えに行った。

 託児室に入ると、部屋の真ん中に幼児たちが何やら集まっていた。よく見ると、中心に驚くほど可愛らしい女の子が座っていて、周囲の三、四歳くらいの子どもたちがまるで彼女に貢ぎ物でも贈るみたいに、オモチャを渡していた。金色の髪に赤い服が良く映える、実に愛らしい女の子だった。ついひきつけられて、暫く見つめてしまう。

 ーーー凄いな。どこの子だろう。ソフィーと同い年くらいかな。

 職員に礼を言い、ソフィーを抱っこしてその場を離れようとすると、託児室に颯爽と背の高い美人が入ってきた。エバレッタだった。彼女も驚いた様な顔をしていた。


「あら。お久しぶり。貴方も今日はお子さんと一緒なのね。」


 そのままエバレッタは、奥に進むと床に座ってたくさんの幼児に囲まれていた赤い服の女の子を抱き上げた。

 ーーーエ、エバレッタの子!?


 そのまさかだった。エバレッタはその綺麗な女の子を抱き上げたまま、にっこりと微笑んだ。


「私の娘のエバライドよ。もうすぐ二歳なの。」


 彼女は誇らしげに告げると、サッと近寄ってきてソフィーの顔を覗き込んだ。その直後、彼女はクスリと笑いながら言った。


「まあ。話には聞いていたけれど、本当にルディガーには全然似ていないのね。ママにソックリ!」

「よ、良く言われます。」


 何気なく言われた一言ではあったが、その一言に猛烈にモヤっとした。

 ソフィーは勝ち誇った様な物凄い笑顔の美女に怯えでもしたのか、私の胸にしがみ付いた。エバライドちゃんは私と目があうとニッコリと愛らしい笑顔を見せてくれた。

 なんと、愛想まで良いのか。なんて末恐ろしい…いや、可愛い子だろう。近くで見ると、暗い色の瞳はアーシードにとても似ていて、同じ美人ではあるけれど、エバレッタよりも優しげな印象を与えた。


「こんにちは、エバライドちゃん。よろしくね。」


 私から挨拶をすると、エバライドちゃんはエバレッタの腕に抱かれたまま、小さな手をヒラヒラと振ってバイバイをしてくれた。ーーー母親の才能を存分にひいているに違いない。





 パーティーに戻ると、サイトウさんの周囲には既に人だかりができていた。

 テーブルからとりあえずソフィー用のジュースを貰おう、と歩きかけると、クラウスが私の肩を叩いた。

 彼は右手にジュースを持ち、私に差し出していた。


「クラウスさん。主役から飲み物を貰えるなんて。」

「その、なんだ。サヤには色々と世話になった。ーーーその、なんだ。高原兎の時は、本当に悪かったな。」


 私はジュースを受け取ると、キョトンと目を瞬いた。


「こうげんうさぎ?」


 すると今度はクラウスが目を剥いて驚いた。直後、呆れた様に笑った。


「覚えてないのか?」


 唐突に私の脳裏に、籠の中に積み上げたフワフワの毛皮の束がよみがえった。

 初めてクラウスに会った、あの時のことか。

 思い出すと私は笑ってしまった。


「気にしないで。もう時効だから!」

「私からも謝ろう。」


 背後から降ってきた聞き慣れた声に振り返ると、ルディガーが立っていた。腕の中のソフィーが、おとうしゃま、と嬉しげに顔を輝かせる。

 ルディガーは手を伸ばしてソフィーを抱き上げると、私に言った。


「実は私もあの時、最初はサヤを供物泥棒だと思っていた。」

「なんですってぇ!?」


 あの時、神官長は乱暴なクラウスから私を庇ってくれたと記憶していたのに。私が眉間に皺を寄せて睨みつけると、ルディガーはたじろいだ。


「いや、でも時効だな…」

「そんなもの、ないから!」


 するとクラウスが吹き出した。

 その笑い声につられたのか、サイトウさんが人垣の向こうから、こちらを見た。

 サヤ!

 と軽やかな声と笑顔が私に向けられた。優雅な衣装のサイトウさんが微笑むと、世界が華やぐ美しさだった。

 私の隣にいたクラウスは、今更のようにしみじみと呟いた。


「お美しいだろう?俺は本当に、世界一幸運な男だ。」


 私は笑顔を浮かべたまま、彼の肩を軽く叩いた。


「クラウスさん、ご婚約おめでとうございます。」


 そのまま走ってサイトウさんのところに行った。

 サイトウさんは私が近くに行くと照れ臭そうに笑った。


「サヤ。今日は来てくれてありがとう。」

「こちらこそありがとう。本当におめでとう。」

「ーーーサヤのお陰だよ。」


 丁度その時、少し離れた所でソフィーがわぁっと泣き出した声がして、サイトウさんの言ったことが私は良く聞こえなかった。なぁに?と何気なく聞き返すと、サイトウさんは言った。


「サヤが神殿庁に来てくれなかったら、私挫けていたと思う。恋愛も、巫女姫としても。」


 胸が暖かくなった。支えて貰ったのは私の方も同じだ。だって私達は、きっとかつて同じ人間に宿る魂だったのだ。

 私達は無意識のうちに引き合ったのだろう。

 私は少し悪戯っぽく笑って言った。


「じゃあ私にも太陽神のご加護が相当期待できそうだな。」


 ふふふ、と微笑むとサイトウさんは私の後方に視線を投げた。そこでは、グラス片手に歓談する招待客たちの間を縫う様にして、走り回るソフィーと、それを懸命に追うルディガーの姿があった。


「待ちなさいっ。こらっ、ソフィー!」


 必死に追うルディガーは心底困った表情をしていた。その頭部に巻かれた金色の飾りが、落ちかかっている。

 サイトウさんはそれを目で追い、感慨深げに言った。


「ルディガーのあんな姿が見られるなんてねぇ。」


 ようやくソフィーを抱き上げたルディガーだったが、ソフィーはその短い右手をサッと父に向けて上げると、触れもしないのにルディガーの頭の飾りが上空へ舞った。それを見てソフィーはケタケタと笑う。


「こんな風に力を使うんじゃない!」


 片膝をついて落ちた飾りを拾いながら、ルディガーがソフィーを叱る。だがその隙にソフィーはその腕の中からさっと逃げ出し、私の方へ駆けてきた。


「おかあしゃまー!」

「ちょっとあの怪獣を捕獲してきますね。」


 私はサイトウさんに会釈をして、グラスを避難させてからソフィーの元に駆け寄り、彼女を抱き上げた。温かくて汗で湿った娘がヒシっと私に抱きついてくる。その後を追ってルディガーがやって来た。


「全く、困った子だな。お父様の言うことを全然聞かないな。サヤにソックリだ。」

「私にはこんな変な力、ありませんから!」

「変とは失礼な。神聖なる神技を操る、類い稀な力ではないか。」


 その時私の視界に、クラウスと歓談するエバレッタの姿が入った。


「さっきエバレッタのお子さんを見たんだけど。」

「エバライドか。神殿庁の託児室で一番有名な子らしいな。確かに母親に良く似て綺麗だ。でもやはりソフィーが一番の美人だな。それに美人は三日で見飽きるという。ソフィーは毎日見ても全く飽きない。」


親バカのなせる技か、発言の趣旨が良く分からない。私が返事をしないでいると、ルディガーは私を改めてまじまじと見てきた。その後で、艶然と笑みを浮かべた。


「サヤ。ドレス姿もとても綺麗だ。」


 ありがとう、そうかな、と、照れながらも心中複雑だった。彼は美人揃いの特席に囲まれて仕事をしているのだから。エバレッタもいまだ特席としてばりばりに働いている。


「………神官長は職場で美人を見慣れているけど…」


 言いかけてから言うのをやめた。誤魔化すようにソフィーの髪に口元を埋める。

 馬鹿馬鹿しい嫉妬だし、ルディガーも良い気はしないだろう。

 だがルディガーは軽い調子で笑うと、ソフィーごと私に腕を回した。


「なんだ今のは?ひょっとして何かの焼きもちかな、奥さん。」

「ち、違うもん。ただ…」

「ただ?」

「なんでもない!」


 ルディガーは私を抱きしめたまま、からかう様に言った。


「サヤのそんな所が本当に可愛い。」


 ルディガーはソフィーの頬に軽くキスをすると、ついでの様に私の頬にも口づけた。

 周囲の目が気になり、私はその腕の中から出ようともがいた。


「サヤ。ソフィーは可愛いな。」

「う、うん。」

「ソフィーに、そろそろ弟か妹が欲しくはないか?」


 想像するだけで恐ろしくなった。

 ソフィーが、もう一人!?

 家の中を、ありとあらゆる物が飛びかい、散乱する光景が目に浮かぶ。そしてきっと、義母はその光景に歓喜するのだ。未来の神官長候補が、また我が家に!ほほほ!とか言って。


「ま、まだ早いんじゃないかな。」

「そうか?でも来年には生まれるぞ。」


 ぎょっとして私はルディガーを見上げた。

 ーーーま、まさか。

 神官長には私には見えないものが見えている。困惑と恐怖と、そしてやっぱり喜びといった感情がごちゃ混ぜになり、胸中に溢れた。

 ルディガーの青い瞳は私の腹部に向けられていた。


「さすがに性別までは分からない。だがサヤの中に、はっきりと生命の輝きを感じる。」


 どう見えているのか私には皆目検討がつかないが、ルディガーはソフィーを私が妊娠した頃にも、全く同じことを言っていた。


「どうしよう!!本当に?」

 

 ルディガーはさも楽しげに笑いながら、しっかりと頷いた。 そうして、私から腕を離すとソフィーを抱き上げた。


「重たいものは私が持とう。」


 ソフィーがぱっと目を輝かせて、ルディガーの額飾りに目をつけ、右手を上げた。だが額飾りは飛ぶことなく、代わりにルディガーが目を見開いてソフィーを見つめた。


「残念。お父様の方が上手だったな。」


 父親に力を封じられたソフィーは、不満そうな声を上げ、諦めずに何度も右手を上げた。だがルディガーは余裕の笑みを浮かべ、反対にソフィーは情けない顔で頭を左右に振り、泣き出した。


 私は溜め息をつきながら、空を見上げた。

 青空に薄い霧のような雲がかかっていた。

 この空は、私の故郷には繋がっていないだろう。

 けれどもわたしはこの国に、生きていく。新しい自分の家族に囲まれながら。

 歳をとって、いつかサイトウさんと二人でお酒を飲み交わしたいと思う。

 その時、全てを笑い話にできれば、もう言うことはないだろう。

 ーーーレイヤルクさんも、見てくれていますか?

 私は、ジュリアの生まれ変わりは、今を懸命に生きていますよ。


「サヤ!何空なんか見ちゃってるの。」


 一人で勝手にたそがれていると、護女官のサラとタラに腕を引かれた。


「余興が始まるんだよ!近くで見ようよ。」

「護女官長がダンスを披露するんだから!」


 あの護女官長が、ダンスーーー!?

 衝撃のお知らせに、感慨も消し飛んだ。

 私は彼女たちと一緒に、人々の輪の中へ戻って行った。


最後までお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。


途中、更新が長らく途絶えてしまいましたが、頂きましたご感想や、活動報告への皆様の心温まる返信を励みに、この日を迎える事が出来ました!


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
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