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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第三章 後宮
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手を取って

 神官長は宝物館をでる間、ガレル神官長についてを掻い摘んで教えてくれた。

 ガレル神官長は隷民の保護に特に力を入れた神官長で、今なおその功績を讃える声は大きかった。一方で当時は皇帝や地の権力者たちが、神官を遥かに凌ぐ権力を持っており、急速に拡大していくハイラスレシア帝国の権力者たちの前に、ガレル神官長は擦寄るしかない立場を強いられていた。最後は皇帝側と対立をする様になり、巫女姫召喚後僅か数年で官位を返上したのだという。

 その後の行方は、知られていない。

 放浪の旅に出たとも、故郷に帰り静かな余生を送った、とも伝えられている。


「実際にはその後禁術に手を出し、片や術屋を営みながら二百五十年もの間、歴代の神官長の召喚術を妨害し続けた。俄かには信じられないが、これがあの男の正体だ。」


 レイヤルクはかつて自分も行った巫女姫の召喚を邪魔してきたのだ。私には、召喚術は非人道的だと言っていたが、その実、彼こそがその成功者の一人だった。神官長だったならば、他人の神技を妨害する事が両者にとってどれほど危険か熟知していたに違いない。ましてや召喚ほどの大技になれば、邪魔により失敗した場合のしっぺ返しは、神官の命に関わる。それでも、彼は妨害をする道を選んだ。

 神官長は驚きの余り動揺を隠せずにいる私を見ながら、聞いてきた。


「サヤはレイヤルクの正体を本当に知らなかったのか?」

「知りませんでした。今の今まで。」

「では、なぜーーー、いや、疑うのはよそう。すまない。」


 こんな突飛な話を、もし本人から聞かされていたとしたら、自分は信じなかったかもしれない。

 レイヤルクは兎に角神官や神殿庁を嫌っていた。それに、いつだったか私は彼に転生についてどう思うか聞いた事があった。その時彼は、生まれ変わりなど信じていない様な口ぶりだった気がする。それとも、回答をはぐらかしたのだろうか。

 いずれにしても、神官長の推理が事実だったとしたら、彼は先代の巫女姫、ジュリアを直接知っていたということになる。


「レイヤルクさんは、先代の巫女姫は後宮で殺された、と言っていました。」

「当事者であった彼だけが知る、真実があったのかも知れない。そうでなくとも先代の巫女姫は史上唯一早くに亡くなった。」




 執務室に戻ると私はレイヤルクの秘密を神官長に明かさなかった事を詫びた。神官長は僅かに首を左右に振りながら、微かに掠れた声で言った。


「同じ立場なら私もそうしただろう。私の下らない嫉妬だ。忘れてくれ。」

「嫉妬、ですか?」

「貴方は私の巫女姫の筈だった。その上あの男に心までも奪われたのかと思うと、たまらなかった。」

「………私が惹かれたのは、レイヤルクさんじゃありません。」


 私が心をいつの間にか奪われたのは、今目の前にいる神官長だった。でももう、直ぐ前に立ちこちらを見ている神官長に面と向かってそれを言うのは、恥ずかしくてとても出来そうにない。

 まるで凍てつく氷が溶けていく様に、神官長の表情から硬さが消えていき、優しげな眼差しに変わっていく。


「それが嘘ではないと、どう証明する?」


 発せられた口調は、打って変わり甘さが込められていた。気がつけば色気を含んだ青い双眸から、目を離すことが出来ない。苦しい様でけれど酷く甘美な痛みに胸が締め付けられ、惚けているよりはいっそ、一歩を踏み出して飛び込んでしまおう、と思った。

 私は勇気を出して手を伸ばし、その手で神官長の手を取った。そのまま柔らかそうな白い神官服を纏う広い胸に抱きついてみようかと考え、けれどその大胆さを持てなかった。端正な甘い容貌にまるで屈服する様に、私は膝を折った。その勢いで床に片膝をつき、いつか神官長が私にしたのと同じく、彼の手の甲に接吻をした。


「何をしている。」


 頭上から降って来た声は、相当呆れていた。彼は私の中から自分の手を引き抜くと、逆に私の両手首を掴み、立ち上がらせた。


「私を何だと思っているんだ。」

「神官長です。」

「ではサヤは私だけの巫女姫だ。」

「あの、その殺し文句、他の女性たちにも言ったりしてませんか?……例えば、エ、エバレッタさんとか。」

「それは嫉妬か?」


 私の両手首がグッと引かれ、神官長の顔が近付くと、私たちは唇を重ねていた。

 神官長は唇を離しては、何度もまた重ねてきて、その度私の反応を伺うかの様に薄っすら目を開けてこちらを見るので、物凄く恥ずかしくなった。頰が熱くなり、自分が相当赤面していると自覚出来、恥ずかしさのあまり、顔を背けて抵抗した。


「あの、恥ずかし…」

「サヤは赤くなると更に可愛くなる。」


 もう、茹だってしまいそうだ。

 神官長に抱き締められ、耳の上の方を優しく甘嚙みされるのを感じた。腰から痺れが走り、神官長にしがみ付いてしまった。その反応が面白いのか、くつくつと笑いながら神官長が何度も耳に歯を当て、追い打ちをかけてくる。

 からかわれ過ぎてへとへとになった頃、漸く私は解放された。

 まだ上気する顔を押さえながら、執務室を出ると、直ぐ外に番犬宜しくクラウスが立っており、非常に気まずかった。

 分厚い執務室の扉を越えてまで私たちの会話は聞かれてはいないと思われたが、それでも私は動揺を隠すのに必死になった。


「神官長はお怒りだったか?」


 私は気持ちを落ち着かせる為に一度咳払いをしてから、答えた。首にされる事はなく何も今までと変わらず、ヒナ様にお仕え出来る、と。

 クラウスは表情を和らげ、自身の胸ポケットから一枚の封筒を取り出すと、私に渡して来た。ーーーサイトウさんへの手紙に違いない。

 私は了解した、とはっきりと頷くと、クラウスに別れを告げた。


 後宮に戻る前にやるべき事がまだあった。エバレッタの乱入のせいで、私は皇祖祭の資料をさがせていなかったのだ。

 資料室にとんぼ返りをして昔の文献を手当たり次第に引っ張り出して目を通した。先代の巫女姫の時代の文献を見ていると、当時の巫女姫を描いた絵も幾つか出てきた。この国には写真という物がまだ存在しないので、絵でしかなかった。だが、今まではそこまで気にも留めなかったそれらの絵も、神官長の話を聞いた後では、見る目がまるで変わってしまった。

 先代の巫女姫は名をジュリアといった。

 柔らかそうな金色の長い髪に、精気溢れる緑色の輝く瞳が印象的な、大層美しい女性だったらしい。

 私は前世にこの女性だったのかも知れないーーーそんな風に妄想をしてみたりもしたが、彼女の姿を見ても、特に懐かしさなど湧いてはこなかった。

 神官長が言うには私がジョシュア、と寝言を言ったらしい。だがその名前は今口ずさんでみても、私には何の感慨もなかった。

 神官長の言うことが正しくて、レイヤルクがガレル神官長だったとなると、彼は一体どんな気持ちで私に接していたのだろう。私は確か以前レイヤルクの家にいた時に、やはりあの夢にうなされて起こされた経験があった。もしやその時もジョシュア、と口走っていただろうか。だとすれば、レイヤルクはどんな気持ちでそれを耳にしたのか。

 考え出すと次々と止まらず、結局首を長くして私の帰りを待つサイトウさんのもとに帰り着いたのは、夕刻だった。

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