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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第三章 後宮
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サイトウさん、ヒナ様、巫女姫様

 サイトウさんの後宮での毎日は、皇祖祭が近づくに連れて忙しくなった。ハイラスレシア全土の高位の貴族たちが皇祖祭に参加する為に、徐々に遠方から遥々都へやってきて、皇帝に挨拶をするのだ。その度に夜は盛大な祝いの席が宮殿で開かれ、巫女姫であるサイトウさんも招待をされた。

 私たちはその前に、招待客について事前に情報収集をしておかなくてはならなかったし、サイトウさんは必ず祝いの歌を頼まれるので、毎回の参加が気の重い行事であった。

  私は当初、後宮で巫女姫は静かにお祈りでもしていれば良いのだろうと考えていたが、意外と朝から晩までぎっしり用事が入る毎日を過ごした。




 ある夜、夕食を済ませたサイトウさんが浴場へ向かうのに付き合っていると、回廊を歩きながらサイトウさんが私に聞いてきた。


「サヤって真夜中にお風呂にいってるって本当?」


 護女官長から聞いたのだろうか。私は一つ返事で肯定した。


「どうしてそんな時間に入るの?」

「混んでいるのが嫌なんです。後宮のやたらナイスバデーな女性たちに私の貧相な裸を見られたくないし…」


 私が言い終わらないうちにサイトウさんは爆笑した。

 だがその少し後、彼女は何か素敵な事を思い付いた様にパッと顔色を輝かせると、一度立ち止まってから、こちらを向いた。


「じゃあ、私と入ろうよ!」


 サイトウさんは巫女姫用の浴場を一人で使っていた。大きな浴場なので確かに広さとしては二人で入っても何の問題も無さそうだったが、別の問題があった。

 仕えている巫女姫と混浴なんて図々しい気がしたし、何より私はレイヤルクによる胸の術あとを見られたくなかった。

 あれこれと言い訳や難癖をつけ、どうにか遠慮しようとしたが、サイトウさんもなかなかどうして、主張を譲らなかった。


「駄目だよ。そんな不規則な生活身体に悪いもの。サヤ、最近顔色も悪いし、痩せたよ?」

「えっ、本当?」

「そこ、喜ぶとこじゃないから!………毎日私より早起きだし、土日もあんまり休んでないし、そんな毎日を続けてたら、ええと、」


 サイトウさんは言葉を探す様に頭を振り、諦めたのか最後は日本語を使っていた。


『過労死しちゃうよ!』


 唐突に飛び出たサイトウさんの日本語が懐かしく、また可笑しくて、私は声を立てて笑ってしまった。すると又してもサイトウさんは怒った。

 サイトウさんはまだ分からないのだろうが、実際は日本の私の会社勤めの方が心身ともにキツかった。皆で協力して何かをするのではなく、個々人が虎視眈々と、周囲を蹴落としあい、成果を上げ上からの評価を得ようとする、ギスギスした空気感。

とは言え、確かに私もここの所睡眠不足気味で、夜中にお風呂に行くのはしんどかった。お風呂の提案は有難い申し出ではあった。また余りにも彼女が熱心に私を誘ってくれるので、断るのも角がたちそうだった。

 私は自分を心から心配して、懸命にお風呂に誘ってくれるサイトウさんに根負けし、仕方なく一度だけご一緒させて貰うことにした。


 服を脱いで、洗い場に入ると私はサイトウさんから一番離れた所に腰掛け、身体を洗い始めた。

 巫女姫の浴場は真っ白いタイルが一面に使われていて、大層清潔感があり、湯船の中に垂らされている香油の甘い香りが浴場に漂って、とても気持ちが良い空間だった。

 私は胸を隠しながら横目でサイトウさんを確認した。

 彼女は長い黒髪を丁寧に洗っていた。

 ーーーうわあ、やっぱりスタイル良いなあ。

 私は自分は見られまいと必死に胸元を隠しているくせに、サイトウさんの方が気になりどうしてもチェックしてしまった。

 夕食を食べたばかりなのに、お腹がぺたんこなのが、驚嘆に値する。私の場合は食べたら前に出るんだけどな…。

 洗顔をし終えて顔を上げると、私は驚いてびくりとした。目の前にある鏡にサイトウさんがうつり、私の直ぐ背後に彼女が立っていたのだ。


「サヤ、その胸の………何!?」


 慌てて隠そうとしてももう遅かった。

 サイトウさんの視線は私の胸元に鎮座する、レイヤルクの術あとに釘付けだった。

 ーーーいっそ刺青だとでも説明してしまおうかーーーいや、それは嘘だとバレてしまいそうだし、サイトウさんの信頼を失いかねない。

 しどろもどろになっているうちに、サイトウさんは私の隣に座った。何となくお腹に力を入れてお腹を引っ込める。


「これはですね、えっと……。」


 私たちが裸だからか、直ぐ横にいるサイトウさんの大きな澄んだ黒い瞳が純真無垢過ぎるからか、この現状ではどんな下手な弁解も思いつかなかった。私は挙動不審に焦った後、口を開いた。


「私が隷民だった時に前の主が、施した術なんです。護身術らしいんですが、どうやっても取れなくて。」


 あはは、と力なく笑いながら答えてみたが、サイトウさんは全然笑ってくれない。


「それ、本当!?そんな……そんな扱いを、受けてたの?サヤは前にその人変な人だけど良い人だったって…」


 サイトウさんは顔面蒼白になり、黒い瞳からは今にも涙が溢れ落ちそうなくらい、濡れ始めていた。なんだか変な方向に誤解されているみたいだ。

 改めて鏡で自分の胸を確認すると、これは確かにひどいな、と再認識してしまった。奴はなぜこの位置につけたのか。

 考えてみれば、上腕とか、背中の方がまだしも無難だった。人前で裸になれないという点では変わらずとも、こう胸のど真ん中にあると、かなり強烈なインパクトを与える。

 今更ながら、レイヤルクを問い詰めたい気分になった。

 これは護身術らしいから心配しないでくれ、とサイトウさんを宥めてみても、彼女はいたいけに首を左右に振った。


「本当に護身術なの?サヤに何かあったら、私………。」


 そう返されると返事に困った。私はレイヤルクが私に害になる術をするとは全く考えていなかったので、そこを疑った事は無かった。


「うう……。明日、そうだ、明日は報告日で神殿庁に行くので、その時に調べてみます。」

「神官長に聞くの?」

「えっ?!まさか。」


 どう聞くんだ。とても見せられないし、神官長がこれを取ろうとしても困る。術のしっぺ返しがレイヤルクに行き、どうなるか分からない。

 彼はこれを願いの剣という神技だと言っていた。陽法論の本で調べれば分かるだろう。

 そう説明すると、やっとサイトウさんは落ち着いた様だった。


 広い湯船に浸かると、私達はどちらからともなく、『良い湯だね〜』と日本語で呟き、それが可笑しくて爆笑した。


『私たち日本人だよね!やっぱり。』


 湯船にもたれて顔を綻ばせるサイトウさんは天使みたいに可愛かった。


『お風呂でくらいは、日本語ではなそうよ。』


 サイトウさんにとっては、ハイラスレシア語で会話をするのはとても疲れるのだ。私がうん、そうだねと言うと、彼女は心底嬉しそうに笑った。バシャバシャと水音をたてて私の隣にやってくると、彼女は少し悪戯っぽい目でこちらを覗きこんだ。


『サヤは、こっちに好きな人とかいないの?』

『ええっ、い、いないよ。』

『アーシードとか、どうなの?』


 アーシードがどうして登場するのだ。恋愛対象として見た事なんて一度もなかった。


『彼、優しそうだし、たまに二人で出かけてたじゃない?』

『それはあくまでも仕事でだよ。まあ、確かに凄く金持ちらしいけどね。』


 しかも私はアーシードの養子という事になっているので、その点からも彼をそういう対象として考えた事はなかった。


『名門貴族の出身だから、特席の人たちが狙ってるって噂聞いたことあるよ。』


 特席の女性たちは美人揃いなので、高位の神官たちと結婚するケースか多いらしい。神官の男性を良い男から特席に取られていってしまい、女性の神官たちはさぞ歯痒い思いをしている事だろう。


『でも、エバレッタはルディガー狙いだよね。絶対。』


 チクリと胸が痛んだ。そして思わず神官長とキスをした事を思い出してしまった。あの時、頭が真っ白になるくらい、ドキドキした………。


『でも、ルディガーとエバレッタのカップルなんて、完璧過ぎて見たくないなぁ。なーんて。』

『サイトウさんこそ、クラウスと並ぶと美男美女で最強だよ。』


 するとサイトウさんは真っ赤になって、両頬を押さえた。


『ーーー彼ね、後宮を私が出たら、堂々と付き合いたいって…。』


 手紙にそう書いてあったのだろう。手紙は読後直ぐに燃やして廃棄したので、一度しか読んでいない筈だったが、サイトウさんは一語一句暗記していそうだった。愛の力だろう。

 サイトウさんには、愛する人と、愛してくれる人がいて、たくさんの守ってくれる人たちがいる。後宮を出て神殿庁に戻ったら、ゆっくりとその中で巫女姫としての役割を果たし、大成していくに違いない。

 私はそんな未来を予想しながら、資料室でエバレッタに言われた事を思い出した。

 私は確かに、彼女の通訳として最も有用だった。見た目も言葉も、習慣も違う中で挫けそうになっていた巫女姫の心の安定に、最も寄与したと自負している。けれど、この先ずっと私が彼女の役に立てるだろうか?

 私が側にいる事が、巫女姫ヒナ様のマイナスになってはいけない。ハイラスレシアに溶け込み始めた巫女姫には、同郷を懐かしむ為だけの護女官の存在は不要だろう。

 私をサイトウさんが必要とする時期は、いつか必ず終わりを迎える。大事なのは、それを私の方から機会を過たずに身を引く事な様に思えた。なぜならサイトウさんは優しいから、彼女からはそんな事は決して言わないだろうから。サイトウさんや神殿庁の人たちに、煙たがられないうちに、身の施し方を考えて置かなくてはーーー私は湯に浸かりながら、未来に思いを馳せた。


『サヤ、これから毎日お風呂は一緒に入ろうよ!温泉みたいで楽しいね。』


 湯船で伸びをするサイトウさんは、どこまでも清楚で優しく、綺麗だった。

 それは私が彼女に仕える喜びであり、誇りだった。

 私の胸に刻まれた願いの剣は、ずっしりと私の中で重さとなって感じられ、その刃は私の心に刺さっていた。

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