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罪都の簿記官 ―弱みを資源に、帝国を買い取る  作者: 桜庭ユウト


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第7話 「選ばれなかった男」

 復職推薦書を燃やした夜から、灰色街区の空気はわずかに変わった。


 目に見える変化はない。


 だが、視線が増えた。


 見張りが路地に立ち、見慣れない顔が酒場に混じる。


「財務局の犬かしら」


 ルシアが低く言う。


「可能性は高いですね」


 カイは帳簿から目を上げない。


「黒字は目立ちます。腐った構造ほど、変化を嫌う」


「つまり、私たちは嫌われてる?」


「ええ。健全だから」


 皮肉ではない。


 腐敗は、腐敗のままで安定する。


 そこに正確な数字が入り込むと、均衡が崩れる。


 その夜。


 黒薔薇連盟の倉庫で火の手が上がった。


「姐さん!」


 部下の叫び声。


 駆けつけたときには、香料の一部が焼け落ちていた。


 被害は大きくない。


 だが、明確な“警告”だ。


「偶然じゃないわね」


 ルシアの声は冷たい。


「ええ」


 カイは焦げ跡を見つめる。


「仕入れ先はアルシェイド商会。損失は商会側にも波及します」


「つまり?」


「誰かが、我々と商会の関係を断ちたい」


 ルシアは舌打ちする。


「財務局?」


「あるいは、別の商会」


 帝都経済は単純ではない。


 利害が絡み合う。


「犯人、分かるの?」


「契約が必要です」


 翌日。


 火災調査と称して、数名の男が呼ばれた。


 倉庫管理人、運搬業者、警邏兵。


 カイは簡易契約書を用意する。


「調査協力契約です。虚偽があれば違約金」


 男たちは渋々署名する。


 その瞬間。


 視界が開く。


 倉庫管理人――罪なし。

 運搬業者――小額の横領。無関係。

 警邏兵――賭博の借金。だが放火とは無関係。


 違う。


 もっと上だ。


 カイはゆっくり息を吐く。


「直接の実行犯ではない」


「じゃあ誰よ」


「命じた者」


 ルシアが眉を寄せる。


「どうやって辿るの」


「商会です」


 その日の午後、カイは再びアルシェイド商会を訪れた。


 エレノアはすぐに応接室へ通す。


「火災の件、聞いたわ」


「情報が早いですね」


「うちは物流を握ってるもの」


 カイは単刀直入に言う。


「商会側にも被害があります」


「ええ」


「火をつける動機があるのは、誰ですか」


 エレノアは数秒考える。


「二つの商会が、あなた方の値下げを不満に思っている」


「名前を」


「ベルク商会と、ノルデン商会」


 カイは小さく頷く。


「どちらがより損をしている」


「ベルクね」


「会談を」


 エレノアは目を細める。


「あなた、危険よ」


「合理的です」


 翌日。


 ベルク商会の代表と対面する。


 壮年の男。


 太い指に宝石。


 カイは契約書を差し出す。


「価格調整協議契約です」


「は?」


「署名を」


 男は鼻で笑う。


「何様だ」


「灰色街区代表の代理です」


「小僧が」


 ルシアが一歩前に出る。


「署名しないなら、うちはノルデンと組む」


 男の顔色が変わる。


 しばらくの沈黙の後、渋々署名。


 視界が開く。


 黒い数列。


 ――三十万リル。


 放火への資金提供。


 自覚している。


「やはり」


 カイは静かに言う。


「何だ」


「倉庫放火に資金を出しましたね」


 男が凍る。


「証拠は」


「いまの契約書と、あなたの帳簿」


「帳簿など見せるか!」


「帝都財務局に提出すれば、あなたの他の横領も明るみに出る」


 男の背後の数値が膨れ上がる。


 自覚ある罪は多い。


「……何が望みだ」


「灰色街区への妨害を止めること」


「それだけか」


「それだけです」


 嘘ではない。


 今は。


 男は歯を食いしばり、頷いた。


 会談後。


 ルシアがカイを見る。


「脅し慣れてるわね」


「再計算です」


「あなた、戻る気なかったのね」


「選ばれなかったのです」


 追放。


 それは排除。


 だが同時に、自由でもある。


 帝国の内側ではできなかった計算が、いまはできる。


 灰色街区に戻る途中、カイは静かに思う。


 自分は、帝国に選ばれなかった。


 だがそれでいい。


 選ばれなかったからこそ、外から見える。


 腐敗の全体像が。


 黒い巨大な数列が、帝都の空の上で揺れている。


 まだ触れられない。


 だが、いずれ。


 カイは歩みを止めない。


 灰色街区は安定した。


 商会の妨害も止まる。


 次は。


 財務局の内部。


 そして、ハイゼン議員。


 帝国の帳簿の中心へ。


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