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罪都の簿記官 ―弱みを資源に、帝国を買い取る  作者: 桜庭ユウト


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第5話 「商会の鎖」

 灰色街区の黒字化は、二週間で目に見える形になった。


 客数は安定し、取り分争いは止み、徴税額も規定内に収まっている。


 だが、カイは満足していなかった。


「利益率が低い」


 帳簿を前に、淡々と言う。


 ルシアが眉をひそめた。


「贅沢ね。赤字から抜けただけでも奇跡よ」


「黒字は出ていますが、利益の三割が外に流れている」


「商会ね」


「ええ」


 酒、香料、衣装、装飾品。すべて中心街の商会から仕入れている。


 価格は相場より高い。


「灰色街区だから足元を見られている」


 ルシアは舌打ちした。


「でも商会を敵に回せば、供給を止められる」


「止められないようにします」


 カイは地図を広げる。


「灰色街区は、彼らにとっても上客です」


「どういう意味?」


「売上の一部は、ここで消費されている」


 彼は数字を書き込む。


「軍関係者が灰色街区で使う金。その一部は商会の商品。つまり、我々は間接的に彼らの利益を生んでいる」


 ルシアが目を細める。


「それを証明できる?」


「できます」


 数日後。


 中心街、アルシェイド商会。


 帝都有数の総合商会だ。


 高い天井、磨かれた床。灰色街区とは対照的な空間。


 受付で名を告げると、すぐに応接室へ通された。


 やがて、扉が開く。


「灰色街区の代表と、その……簿記官?」


 現れたのは、金色の髪を後ろでまとめた若い女。


 鋭い青い瞳。


 エレノア・アルシェイド。


 商会当主の娘にして、実質的な経営者。


「初めまして」


 カイは一礼する。


「カイ・ヴェルナーと申します」


「噂は聞いているわ」


 エレノアは微笑む。


「徴税官を黙らせた男」


 ルシアが横目でカイを見る。


「情報が早いわね」


「商売ですもの」


 エレノアは椅子に腰を下ろした。


「それで? 価格交渉かしら」


「ええ」


 カイは持参した書類を机に広げる。


「こちらが、灰色街区における貴商会商品の流通量と消費傾向」


 エレノアの目がわずかに動く。


「……どうやって」


「公開情報と推定です」


 嘘ではない。


 だが、ここで重要なのは別だ。


「灰色街区での消費は、貴商会の売上の約一二%を占めています」


「仮にそうだとして」


「供給停止は、貴商会の損失になります」


 静かな空気。


 エレノアは書類をじっと見つめる。


「だから値下げを?」


「三割」


 ルシアが息を呑む。


「大胆ね」


 エレノアの唇がわずかに吊り上がる。


「交渉というより脅しに近いわ」


「違います」


 カイは落ち着いた声で続ける。


「共存です」


「ほう」


「灰色街区の黒字化は進んでいます。購買力はさらに上がる。価格を下げれば、総量が増える」


 エレノアの瞳が細まる。


「あなた、計算できるのね」


「職業です」


 彼女はしばらく黙り、やがて言った。


「契約書を」


 カイはすぐに条文を書き始める。


 供給価格三割減。

 最低発注量保証。

 情報共有条項。


「情報共有?」


「市場動向を双方で共有します」


 エレノアは笑った。


「灰色街区から情報を?」


「価値があります」


 沈黙。


 やがて彼女は署名した。


 カイも署名する。


 その瞬間。


 視界が開く。


 黒い数列が、エレノアの背後に浮かぶ。


 ――ゼロ。


 揺らぎはある。


 だが明確な罪はない。


 カイは一瞬、目を細めた。


 珍しい。


 自覚ある罪がほとんどない。


「何か?」


 エレノアが問いかける。


「……いえ」


 この女は、少なくとも現時点では清廉だ。


 だが背後に、別の影がある。


 大きな数列。


 商会全体の負債。


 それは彼女のものではない。


 上だ。


 会談を終え、外へ出る。


 ルシアが小声で言う。


「どうだったの」


「彼女は白い」


「白い?」


「少なくとも、自覚している罪は少ない」


 ルシアは苦笑する。


「怖いわね、その言い方」


「事実です」


 灰色街区に戻る途中、カイは空を見上げた。


 帝都の空は曇っている。


 灰色。


 だがその下で、流れは変わり始めている。


 黒字は拡大し、商会と繋がり、徴税は抑えられた。


 小さな鎖が、ひとつずつ外れていく。


 だが同時に――


 別の鎖が締まる。


 財務局。


 ハイゼン議員。


 帝国の中枢。


 カイは静かに思う。


 灰色街区は、もう孤立していない。


 帝都経済の一部になった。


 ならば次は。


 中心へ。


 帳簿の中心へ。


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