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罪都の簿記官 ―弱みを資源に、帝国を買い取る  作者: 桜庭ユウト


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第22話 「西方境界線」

 西方辺境は、色が薄かった。


 帝都を発った軍用列車は三日をかけて山脈を越え、荒れた岩地と乾いた平原の境界に辿り着いた。空は高いが、風は冷たい。土は痩せ、ところどころに崩れた石柱の残骸が突き刺さっている。


「……あれが、遺構の外縁だ」


 向かいに座るイリスが、窓の外を示した。


 遠く、地平線の歪みのように黒い線が走っている。自然の岩盤には見えない。整いすぎている。だが、完全でもない。ところどころ欠け、崩れ、露出した内部が鈍い光を帯びていた。


「人工物、ですね」


「帝国以前の文明と推定されている」


 列車が停車する。重い鉄の音が止み、静寂が落ちる。


 ホームと呼ぶには粗末な足場に、発掘隊の兵士と技術者が並んでいた。誰もが疲れている。目の奥に、説明できない不安が滲んでいる。


「ようこそ、西方発掘第七区へ」


 背の高い男が一歩前に出た。


 灰色の外套。整えられた髭。理知的な目。


「レオン・アルマイトだ。発掘責任者を務めている」


 差し出された手を、カイは握る。


「カイ・ヴェルナー。国家監査補助機関より派遣されました」


「簿記官が遺跡に来る時代か」


 レオンはわずかに笑う。


「文明の帳簿を見に来ました」


「なら、歓迎しよう」


 イリスが短く告げる。


「現状を」


 レオンは頷き、歩き出す。


 発掘地へ向かう道は、削られた岩盤の上に敷かれていた。周囲には崩落防止の支柱、仮設の倉庫、そして担架がいくつか置かれている。


「事故が多発していると聞きました」


 カイが言う。


「崩落が三件。作業員の失踪が二件。器具の故障が数知れず」


「外的要因は?」


「説明がつかない」


 レオンの声は低い。


「まるで、遺構が拒んでいるようだ」


 冗談には聞こえなかった。


 やがて、巨大な裂け目が視界に入る。


 大地が割れ、その内部に階段状の構造が露出している。滑らかな石材。見たことのない文様。規則的だが、生物的な曲線を含んでいる。


 カイは足を止めた。


 胸の奥が、かすかに軋む。


「……反応している」


「何がだ」


 イリスが問う。


「分かりません」


 だが確かに感じる。視界の端に、薄い線が走る。


 黒い数列ではない。


 もっと大きい、流れ。


「ここが第一層だ」


 レオンが言う。


「中枢はさらに地下三層」


 階段を降りる。


 空気が冷える。


 石壁に埋め込まれた薄い結晶体が、淡い光を放っている。灯りではない。自発的な発光。


「発掘開始から三ヶ月でここまで進んだ」


「速いですね」


「帝国が急いでいる」


 理由は明白。


 赤字は膨らんでいる。


 戦争は続いている。


 時間がない。


 地下第二層。


 崩れた支柱。血の跡。


 カイは目を閉じる。


 黒い数列が浮かぶ。


 ――死亡者三名。

 ――過失率12%。

 ――不可抗力88%。


「不可抗力……」


「何か見えたか」


 イリスが低く問う。


「個人の罪ではない」


 構造だ。


 設計そのものが、侵入者を拒んでいる。


 やがて第三層。


 巨大な円形空間が現れる。


 中央に、黒い柱。


 滑らかな金属とも石ともつかない材質。表面には微細な紋様が走り、脈動しているように見える。


「これが……」


「均衡機構の中枢と推定している」


 レオンの声に、初めて熱が混じる。


「古代文明は、国家規模の均衡を自動制御していた可能性がある」


「財政を?」


「人口、資源、戦争、通貨。すべてだ」


 帝国が模倣しようとしている設計。


 その原型。


 カイは一歩近づく。


 頭痛はない。


 だが、視界がわずかに歪む。


 柱の表面に、薄く文字が浮かび上がる。


 古代文字。


 だが意味が、なぜか理解できる。


『入力を確認』


 静かな、しかし確かな認識。


 イリスが銃に手をかける。


「何だ」


「……応答している」


 レオンが息を呑む。


 柱の紋様が明滅する。


『観測者を認識』


 カイの心臓が一瞬、強く打つ。


 観測者。


 それは。


「俺のことか」


『均衡監査者候補』


 空気が凍る。


 イリスの視線が鋭くなる。


「なぜお前を認識する」


「分かりません」


 だが、感覚がある。


 自分の能力と、何かが共鳴している。


 黒い数列とは違う。


 もっと巨大な、文明規模の演算。


『現在の文明均衡値:崩壊確率42.7%』


 レオンが顔を青ざめさせる。


「……そんなはずは」


『赤字依存指数:危険域』


 イリスが低く言う。


「帝国の財政データを、どうやって」


『外部観測済』


 柱の光が強まる。


 カイの視界に、無数の線が走る。


 都市、戦線、通貨、人口。


 すべてが繋がる。


 巨大な帳簿。


 文明そのものの帳簿。


 膝がわずかに揺らぐ。


「……これは」


『均衡は固定すると腐敗する』


 レオンが震える声で言う。


「文献と同じだ……」


 イリスが一歩前に出る。


「停止させられるか」


『入力が必要』


 柱の表面に、新たな紋様。


『均衡再設計案を提示せよ』


 静寂。


 カイは息を吐く。


 ここが核心。


 帝国の赤字。


 戦争。


 すべての設計。


 試されている。


「……まだだ」


 カイは低く言う。


「全体が見えていない」


『時間制限:進行中』


 光がわずかに強まる。


 イリスが睨む。


「急げ。国家は強行起動を命じかねない」


 国家の論理。


 文明の論理。


 そして自分の論理。


 均衡は奪うものではない。


 設計するものだ。


 カイは黒い柱を見上げる。


「赤字の理由を、最後まで見る」


 文明の帳簿は開かれた。


 そしてそれは、帝国よりも遥かに冷酷だった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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