表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪都の簿記官 ―弱みを資源に、帝国を買い取る  作者: 桜庭ユウト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/25

第23話 「強行命令」

 遺構中枢の光が、わずかに脈動を強めた。


 地下第三層の円形空間は静まり返っている。だがその静寂は、嵐の前のものだ。


『時間制限:進行中』


 柱の表面に浮かぶ古代文字が、淡く明滅する。


 イリスの通信端末が震えた。


「……帝都からだ」


 彼女は短く告げ、回線を開く。空間に、歪んだ映像が浮かぶ。軍服姿の男――大蔵卿フェルディナント。


『発掘第七区。中枢の反応を確認した』


「確認済みです」


 イリスの声は冷静だが、緊張が混じる。


『皇帝陛下の裁可が下りた』


 その一言で、空気が変わる。


『均衡機構を段階起動せよ』


 レオンが息を呑む。


「段階、とは?」


『帝国財政ネットワークとの接続を開始する。試験運用だ』


 試験、という言葉が軽く響く。


 カイは黒い柱を見上げる。


 均衡機構はすでに帝国のデータを“観測済”だと言った。


 起動すれば、介入する。


「……強行です」


 カイは低く言う。


 イリスが視線を向ける。


『反対意見か、ヴェルナー』


 フェルディナントの声。


「現状の文明均衡値は42.7%。危険域です」


『だからこそだ』


 即答。


『不均衡を制御せねば崩壊する』


 レオンが口を開く。


「理論上は可能です。機構が正常であれば」


「正常であれば、だ」


 カイは続ける。


「均衡は固定すると腐敗する」


 古代文献の一節。


 レオンが小さく頷く。


『皇帝陛下は理解している』


 フェルディナントは言う。


『完全固定ではない。制御だ』


 制御。


 その言葉が、カイの胸に重く落ちる。


 国家は赤字を武器にしてきた。


 戦争を調整弁にしてきた。


 だがそれは、人間の意思が介在していたからこそ動いていた。


 この機構は違う。


 感情を持たない。


『起動準備を開始せよ』


 通信が切れる。


 静寂。


 イリスがカイを見る。


「国家命令だ」


「承知しています」


「従う」


 短い言葉。


 だが、その奥に迷いがある。


 レオンは既に制御盤に向かっている。


「理論的には、これは人類史上最大の実験だ」


「実験にされるのは帝国全体です」


 カイは言う。


 柱の光が強まる。


『入力待機』


 地面に幾何学模様が広がる。


 帝国の主要都市名が浮かび上がる。


 帝都。北方戦線。南部農村。灰色街区。


 すべてが線で結ばれる。


 巨大な帳簿。


 文明の演算式。


 カイの視界に、黒い数列が滲む。


 だがそれは個人の罪ではない。


 構造の歪み。


 戦争依存指数。


 赤字拡張率。


 民衆不満閾値。


「……これは」


『強制均衡モード初期化』


 イリスが一歩前に出る。


「止めるか」


 問いではない。


 確認だ。


「まだです」


 カイは首を振る。


「未来予測を見なければならない」


『未来確率演算開始』


 柱が強く発光する。


 空間に三つの光景が浮かぶ。


 ひとつ目。


 帝国は静まり返っている。戦争はない。暴動もない。だが人々の表情は薄い。市場は国家管理下。自由な取引は消えている。


 均衡値:89%。


 ふたつ目。


 起動失敗。通貨暴落。軍部暴走。帝都炎上。


 均衡値:崩壊。


 三つ目。


 機構は限定稼働。助言のみ。介入は最小限。


 均衡値:57%。不安定だが持続。


 レオンが震える声で言う。


「完全均衡は……人間を削る」


 イリスは沈黙する。


「国家は一つ目を選ぶだろう」


「ええ」


「だがそれは帝国の終わりだ」


 支配は安定を生む。


 だが停滞も生む。


 文明は固定できない。


『決定を入力せよ』


 柱が脈打つ。


 時間がない。


 イリスの目が揺れる。


「ヴェルナー」


「はい」


「お前は観測者だ」


「ええ」


「なら、何を選ぶ」


 カイは深く息を吸う。


 自分の能力は、罪を見る。


 だが今、見えているのは罪だけではない。


 未来の確率。


 文明の流れ。


「強制均衡は否定します」


 レオンが息を呑む。


「では崩壊を?」


「違う」


 カイは一歩、柱に近づく。


「機構を“監査モード”へ変更する」


「何だと」


「強制せず、提示する。助言のみ」


 イリスが低く言う。


「国家は従わない」


「なら従わなくていい」


 均衡は強制できない。


 選択させるしかない。


『再設計案を提示せよ』


 カイは目を閉じる。


 視界が歪む。


 数列が洪水のように流れ込む。


 帝国全土の赤字。


 戦争依存。


 民衆の不満。


 灰色街区の黒字。


 すべてが繋がる。


 頭痛が走る。


 血の味が広がる。


「……助言機構へ移行」


 震える声で入力する。


『演算……』


 光が爆発的に強まる。


 地面が揺れる。


 制御盤が火花を散らす。


「カイ!」


 イリスの声が遠い。


 視界が白く染まる。


『強制均衡モード停止』


『監査モードへ移行』


 脈動がゆっくりと落ち着く。


 光が弱まる。


 静寂。


 カイは膝をつく。


 呼吸が荒い。


 だが、柱は暴走していない。


『均衡助言開始』


 空間に、静かな数値が浮かぶ。


 介入ではない。


 提案。


 帝国は選ぶことができる。


 イリスが近づく。


「……成功か」


「完全ではありません」


 カイは苦笑する。


「均衡は完成しない」


 レオンが呟く。


「だから文明は続く」


 柱は静かに光っている。


 もはや脅威ではない。


 だが神でもない。


 監査者。


 それが今の姿。


 カイはゆっくり立ち上がる。


「帝都は?」


「何も知らないだろう」


 イリスが答える。


「報告は私が整える」


 国家は真実を一部しか受け取らない。


 それでいい。


 均衡は、選択の中にある。


 カイは最後に柱を見上げる。


『観測者、登録』


 淡い文字が浮かぶ。


 均衡監査者。


 王ではない。


 支配者でもない。


 ただ、再計算を続ける者。


「……灰色街区に戻ります」


 イリスが静かに言う。


「国家を壊すな」


「壊すつもりはありません」


 カイは答える。


「歪みを削るだけです」


 地上へ向かう階段を上る。


 西方の空は変わらず薄い。


 だが、どこか軽い。


 帝国の赤字は消えていない。


 戦争も終わらない。


 だが、強制均衡は止まった。


 文明はまだ、不完全だ。


 だから続く。


 灰色街区の灯りが、遠い記憶のように浮かぶ。


 帳簿は閉じない。


 再計算は、終わらない。


 それでいい。


 均衡は奪うものではない。


 設計するものなのだから。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ