第21話 「出発前夜」
西方遺構への現地分析。
それは正式な軍事任務ではない。
だが国家協力区域としての灰色街区に、特例が与えられた。
“外部分析官としての随行許可”。
名目は調査補助。
実態は――監視付きの観測。
「行くのね」
ルシアが静かに言う。
「ええ」
「戻ってくる?」
「合理的に考えれば、戻る必要があります」
「そういう答えじゃない」
カイはわずかに視線を逸らす。
「戻ります」
断言。
守るべき場所は、ここだ。
灰色街区は国家に組み込まれた。
だが完全に呑まれたわけではない。
分析権を持った。
それは刃だ。
西方で何を見つけるか。
それ次第で、帝国の設計を揺らせる。
「私も行く」
ミレイアが言った。
「駄目です」
「情報整理ならできます」
「危険です」
「ここも危険です」
真っ直ぐな目。
ラドの妹。
セリオの死。
守ると言った。
だが守るとは、遠ざけることではない。
「……随行は一名まで」
イリスが静かに言う。
いつの間にか扉の近くに立っていた。
「国家はあなたを信用していない」
「承知しています」
「だから監視が必要だ」
「あなたが?」
「私が同行する」
ルシアが息を呑む。
「諜報部少佐が?」
「これは国家の賭けだ」
イリスの声は冷静だが、どこか緊張を含む。
「遺構が本物なら、帝国の均衡は変わる」
「そして失敗すれば」
「赤字は爆発する」
再確認。
「ならば」
カイは静かに言う。
「全体を見なければならない」
「あなたは観測者だろう」
「観測者が現場に立つこともあります」
イリスは数秒、彼を見つめる。
「ミレイアは同行不可」
「……」
「灰色街区の情報整理はここで必要だ」
正論だ。
カイは頷く。
「分かりました」
ミレイアは唇を噛む。
「無事で」
「ええ」
夜。
出発前の静かな時間。
カイは一人、灰色街区の屋上に立っていた。
帝都の灯り。
国家の設計。
赤字の流れ。
自分はその中に足を踏み入れる。
頭痛はない。
罪を見ることもない。
だが別の重さがある。
「……壊れるかもしれない」
国家。
自分。
どちらかが。
背後に足音。
「迷っているのか」
イリスだ。
「迷いはあります」
「それでも行く」
「ええ」
「なぜ」
「赤字の理由を知らなければ、守れない」
イリスは夜景を見つめる。
「私は国家を守る」
「私は灰色街区を守る」
「どちらも人を守る」
「方法が違う」
沈黙。
風が吹く。
「ヴェルナー」
イリスが低く言う。
「遺構が兵器なら、帝国は使う」
「予想しています」
「止めるのか」
「設計を見てからです」
曖昧ではない。
冷静な答え。
「あなたは危険だ」
「何度も言われました」
「それでも同行する」
「あなたも危険です」
イリスはわずかに口元を動かす。
「互いに監視だ」
「合理的です」
翌朝。
西方行きの軍用列車。
重い鉄の音。
兵士たちの緊張。
物資の山。
灰色街区の簿記官と、諜報部少佐。
奇妙な組み合わせ。
列車が動き出す。
帝都が遠ざかる。
灰色街区の灯りが小さくなる。
カイは窓の外を見つめる。
帳簿は閉じている。
だが再計算は続いている。
赤字の理由。
国家の設計。
古代遺構。
すべてが一点に向かう。
「ここからが本番だ」
小さく呟く。
灰色街区は守られた。
だが帝国はまだ揺らいでいる。
西方で何を見るか。
それが、すべてを決める。
列車は西へ進む。
国家の未来と、赤字の核心へ。
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