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罪都の簿記官 ―弱みを資源に、帝国を買い取る  作者: 桜庭ユウト


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第20話 「赤字の理由」

 西方遺構。


 それが帝国の赤字の終着点だとするなら、戦争は煙幕だ。


 灰色街区の奥、臨時の分析室。


 カイは地図と数字を並べていた。


 北方戦線の支出。


 西方への輸送増加。


 中央銀行の国債発行。


 すべてが一点へ向かっている。


「……異常だ」


 ルシアが地図を覗き込む。


「ただの遺跡探しに、この金は使わない」


「ええ」


 カイは静かに言う。


「遺構の価値は、軍事転用可能な何か」


 古代文明の残滓。


 もし兵器や技術が眠っているなら。


 赤字は投資になる。


「戦争はカモフラージュ」


 ミレイアが小さく呟く。


「西方を抑えるための」


「あるいは独占するため」


 カイは資料をめくる。


 遺構発見報告。


 “異常なエネルギー反応”。


 “未解析の構造体”。


 情報は断片的だが、十分に異様だ。


 そのとき、扉が叩かれる。


 イリスだった。


「西方の追加資料だ」


 机に新しい書類を置く。


「なぜここまで共有する」


 カイが問う。


「あなたの分析が必要だ」


 国家内部でも、全体像が掴めていない。


「遺構の発掘が加速している」


 イリスは言う。


「だが事故が多発している」


「事故?」


「発掘隊が消息不明。構造物が崩落。記録が消失」


 不自然だ。


 単なる遺跡ではない。


「帝国は何を見つけた」


 カイが問う。


 イリスは一瞬、迷う。


「……まだ確定ではない」


「可能性は」


「“自律装置”」


 静寂。


 ルシアが眉をひそめる。


「何それ」


「古代文明が残した、自動防衛機構の可能性」


 つまり、兵器。


 戦争を変えるほどの。


「だから赤字を拡大してでも確保する」


 カイは呟く。


「北方も西方も、すべては時間稼ぎ」


 国家は崩壊を恐れていない。


 崩壊前に、決定的な力を得るつもりだ。


「あなたはどう見る」


 イリスが問う。


「合理的ではある」


 カイは答える。


「成功すれば、帝国は安定する」


「失敗すれば」


「赤字は爆発する」


 沈黙。


 国家は賭けに出ている。


 全体の未来を担保に。


「あなたは反対か」


 イリスが静かに問う。


「情報が不足しています」


「賛成でも反対でもない?」


「再計算が必要です」


 イリスは小さく息を吐く。


「あなたは感情を排している」


「違います」


 カイは低く言う。


「感情があるから、急がない」


 ラド。


 セリオ。


 急いだ結果、削られた命。


 国家も同じ過ちを犯している。


「西方遺構の詳細座標を」


 カイは言う。


「現地分析が必要」


「灰色街区はそこまで踏み込むのか」


「国家協力区域ですから」


 皮肉ではない。


 本気だ。


 イリスは数秒考え、頷く。


「調整する」


 彼女は立ち上がる。


「ヴェルナー」


「はい」


「もし遺構が本物なら、帝国は変わる」


「良い方向に?」


「分からない」


 初めての不確定な言葉。


「だからこそ」


 カイは静かに言う。


「設計を見なければならない」


 イリスはわずかに頷き、去っていく。


 灰色街区に静寂が戻る。


「どうするの」


 ルシアが問う。


「西方へ行く」


 ミレイアが目を見開く。


「危ないです」


「承知しています」


「灰色街区は?」


「守る」


 短く、確実に。


 灰色街区は足場。


 だが赤字の核心に触れなければ、同じことが繰り返される。


 国家は賭けに出ている。


 古代の力に。


 それが帝国を救うか、壊すか。


 カイは帳簿を閉じる。


 灰色街区の黒字は安定。


 国家との契約も締結。


 次は――西方。


「赤字の理由を、見に行く」


 小さく呟く。


 守るために組み込まれた。


 ならば内部から、最深部へ。


 帝国の設計図は、まだ終わっていない。


 そしてその中心に、古代の遺構が眠っている。


 再計算は、国家規模から、文明規模へ。


 灰色街区の簿記官は、いまや帝国の帳簿の奥へ踏み込もうとしていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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