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罪都の簿記官 ―弱みを資源に、帝国を買い取る  作者: 桜庭ユウト


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第18話 「小さな死」

 三日目の朝。


 灰色街区の空気は、嵐の前のように静まり返っていた。


 国家契約の返答は、まだ届かない。


 監視の目は減っているが、消えてはいない。


 待つという行為は、神経を削る。


「こういう時に限って、嫌な予感がするのよ」


 ルシアが低く呟く。


 その予感は、昼過ぎに現実になった。


 港から戻る途中だった。


 ミレイアが青ざめた顔で駆け込んでくる。


「カイさん!」


「どうしました」


「白百合の……セリオさんが……」


 言葉が詰まる。


 白百合側の幹部、セリオ。


 ラドの死後、対立を抑えていた男。


 路地裏で倒れているという。


 カイとルシアはすぐに向かった。


 石畳の路地。


 血の匂い。


 セリオは壁にもたれかかるように崩れていた。


 胸を一突き。


 即死。


 目は見開かれたまま。


「……またか」


 ルシアの声が震える。


 カイは静かに周囲を見る。


 争った形跡はない。


 手際がいい。


 これは警告ではない。


 “整理”。


「国家?」


 ルシアが問う。


「可能性は高い」


 セリオは国家と接触していない。


 だがラドの件を知っていた。


 内部の動揺を抑えていた。


 つまり、灰色街区の安定要因だった。


 排除すれば、混乱が生まれる。


 混乱は、国家契約を飲ませやすくする。


「……計算された」


 カイは低く呟く。


 守れなかった。


 まただ。


 合理的に動いているつもりだった。


 だが国家の方が一手早い。


 そのとき、背後から声。


「動くな」


 振り返る。


 灰色の外套。


 諜報部。


 そしてその奥に、イリスが立っていた。


「現場は国家が引き取る」


「あなた方が?」


 ルシアの声が鋭い。


「治安維持の一環だ」


 イリスは淡々としている。


 表情に変化はない。


「これは国家の命令か」


 カイは問う。


「答えられない」


 否定もしない。


 沈黙。


 セリオの遺体が運ばれていく。


 灰色街区の者たちは、ただ見ている。


 怒りも、恐怖も、声にならない。


「やりすぎだ」


 ルシアが低く吐き捨てる。


「秩序を守るためだ」


 イリスの声は冷たい。


「秩序?」


「灰色街区が揺らげば、帝都が揺らぐ」


「だから殺すのか」


「断定するな」


 だが否定もしない。


 カイはイリスをまっすぐ見る。


「あなたは罪を自覚しているか」


「国家は罪を負わない」


 即答。


 揺らぎはない。


 だが、その目の奥に、ほんの一瞬、影がよぎった気がした。


「国家契約の返答は」


 カイが問う。


「承認された」


 ルシアが息を呑む。


「条件付きだ」


「条件は」


「灰色街区は即時に国家協力区域へ移行する」


 つまり、いまこの瞬間から国家の管理下。


「拒否は」


「選択肢にない」


 セリオの死。


 それが答えだ。


 国家は“見せた”。


 従えば守る。


 逆らえば削る。


 沈黙。


 灰色街区の空気が凍る。


 カイは静かに目を閉じる。


 合理的に考えれば、契約を受けるべき。


 これ以上、死者を出さないために。


 だが。


 国家の設計は、人を削る。


 それを正当化する構造。


「……受けます」


 カイは言った。


 ルシアが目を見開く。


「カイ」


「灰色街区を守る」


 それが第一。


 イリスは頷く。


「賢明だ」


「ただし」


 カイは続ける。


「国家はセリオの死を調査する」


「機密だ」


「機密のままでは、内部は崩れる」


 沈黙。


「調査はする」


 イリスは短く言った。


 真偽は分からない。


 だが今は、それ以上踏み込めない。


 国家契約書が差し出される。


 署名。


 インクが乾く。


 灰色街区は、国家の協力区域となった。


 守られた。


 だが同時に、組み込まれた。


 セリオの血は、石畳に残っている。


 カイはその跡を見つめる。


 黒い数列は浮かばない。


 死者には罪がない。


 だが生きている者にはある。


 自分の選択。


 合理的な選択。


 それが正しかったかは、まだ分からない。


「……小さな死だ」


 カイは呟く。


 国家にとっては小さな犠牲。


 灰色街区にとっては、大きな穴。


 国家の設計は続く。


 赤字は膨らむ。


 戦争は準備される。


 灰色街区は守られた。


 だが代償は払った。


 カイはゆっくりと立ち上がる。


 契約は結ばれた。


 ここからは、国家の内部での再計算。


 外からではなく、組み込まれた内側から。


「壊さない」


 小さく呟く。


「だが、歪みは正す」


 セリオの血が乾き始めていた。


 帝国の帳簿は、さらに赤く染まっていく。


ここまでご覧いただきありがとうございます。


明日からは1日1話の投稿予定です。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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