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罪都の簿記官 ―弱みを資源に、帝国を買い取る  作者: 桜庭ユウト


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第17話 「国家契約」

 三か月のうち、残りは半分を切った。


 灰色街区の黒字は維持。


 情報の質も向上している。


 だが国家の動きは加速していた。


 北方への補給は削減されつつも、西方への輸送はさらに増加。


 そして新たな兆候――


 帝都中央銀行が、大規模な国債発行を準備している。


「借金を増やすの?」


 ルシアが顔をしかめる。


「ええ」


 カイは頷く。


「赤字をさらに拡大する」


「正気?」


「設計です」


 国債は未来の税を前借りする。


 戦争は未来の労働を前借りする。


 帝国は未来を担保に、現在を維持している。


「崩れないの?」


「崩れる前に拡張する」


 それが帝国の論理。


 その夜。


 イリスが単身で現れた。


 護衛なし。


「本部からの正式提案です」


 彼女は書類を差し出す。


「灰色街区を“帝国特別情報協力区域”に指定する」


 ルシアが目を見開く。


「つまり?」


「半公的機関です」


 イリスは淡々と続ける。


「経済活動は保護される。徴税は固定。監視は最小限」


「代わりに?」


「情報提供の義務化。国家命令の優先」


 静寂。


 甘い条件。


 灰色街区は守られる。


 だが国家の歯車になる。


「拒否すれば」


 カイが問う。


「契約満了と同時に再編」


 つまり解体。


 選択だ。


 ルシアがカイを見る。


「どうするの」


 ミレイアも、不安げに見つめる。


 守るなら受け入れるべき。


 だがそれは敗北かもしれない。


「条件を追加します」


 カイは静かに言う。


「追加?」


「西方の資源交渉の情報を共有」


 イリスの目が鋭くなる。


「国家機密だ」


「灰色街区が国家資産になるなら、情報も必要」


「越権だ」


「対等です」


 沈黙。


 空気が張り詰める。


「あなたは国家を信用していない」


 イリスが言う。


「国家もあなたを信用していない」


「だから契約です」


 書面で縛る。


 感情ではなく、条文で。


「なぜ西方を知りたい」


「赤字の終着点を知るため」


「あなたは何を疑っている」


 カイはゆっくり答える。


「戦争が目的ではない」


 沈黙。


 イリスの視線がわずかに揺れる。


「拡張の先に、何がある」


 カイは続ける。


「資源ではなく、別の何か」


 帝国は北方と西方に同時に手を伸ばしている。


 それは過剰だ。


 通常の戦略ではない。


「……」


 イリスは長く黙った。


 やがて言う。


「あなたは危険だ」


「有用でもある」


「だから迷う」


 初めて。


 彼女の声に迷いが混じった。


「国家契約を結べば、あなたは守られる」


「灰色街区は?」


「守られる」


「帝国の設計に加担する」


「そうだ」


 直球。


 嘘はない。


 だからこそ強い。


「答えを」


 イリスが言う。


 ルシアの視線。


 ミレイアの不安。


 灰色街区の灯り。


 守るべき場所。


 カイは深く息を吸う。


「契約は結びます」


 ルシアが息を呑む。


「ただし」


 イリスの目が細まる。


「灰色街区は“独立情報解析機関”として扱う」


「どういう意味だ」


「情報は提供する。だが分析結果も共有する」


「国家の戦略に口を出すと?」


「数字に口を出します」


 大胆な提案。


 国家の設計に、外部からの再計算を入れる。


「越権だ」


「合理的です」


 沈黙。


 長い沈黙。


 やがてイリスは言う。


「本部に持ち帰る」


「期限は」


「三日」


 立ち上がる。


 扉へ向かう。


「ヴェルナー」


「はい」


「あなたは国家を壊す気はない」


「ありません」


「だが壊しかねない」


「設計が脆いなら」


「脆くても、守る」


 扉が閉まる。


 静寂。


 ルシアが低く言う。


「本気で国家に意見するつもり?」


「ええ」


「殺されるわよ」


「可能性はあります」


 ミレイアが不安げに袖を掴む。


「カイさん……」


「大丈夫です」


 嘘ではない。


 だが保証もない。


 三日。


 灰色街区の運命が決まる。


 国家の歯車になるか。


 国家の外側に立ち続けるか。


 カイは窓の外を見る。


 帝都の夜。


 巨大な設計。


 赤字の流れ。


 その核心に、もう少しで届く。


「壊すつもりはない」


 小さく呟く。


「ただ、貸借を取る」


 国家との正式契約。


 それは終わりではない。


 再計算の、次の段階だ。


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