表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪都の簿記官 ―弱みを資源に、帝国を買い取る  作者: 桜庭ユウト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/25

第15話 「諜報網」

 ラドの死から三日。


 灰色街区の空気は重いままだが、崩れてはいない。


 むしろ――静まり返っている。


 恐怖は秩序を生む。


 それは国家の論理でもあり、裏社会の論理でもある。


「このまま縮こまってたら終わるわよ」


 ルシアが低く言う。


「ええ」


 カイは頷く。


「監視が続けば、情報は枯れる」


「国家に差し出す情報も減る」


「価値が落ちる」


 三か月の契約。


 その間に“有用性”を証明できなければ、灰色街区は再編される。


 つまり、解体。


「ならどうするの」


 ルシアの問いに、カイは静かに答える。


「灰色街区を、国家より速い情報網にする」


「もうやってるじゃない」


「足りません」


 いまの情報は“受動的”だ。


 客の会話、酒席の噂。


 それだけでは国家の設計に触れられない。


「能動的に取る」


 カイは地図を広げる。


 灰色街区から、商会、港、軍需倉庫、財務局へと線を引く。


「人を置くの?」


「目を置く」


 ミレイアが小さく手を挙げる。


「私、できます」


「何を」


「倉庫の出入り、数えられる」


 彼女は数字に強い。


 記憶力もある。


「危険です」


「もう危険です」


 真っ直ぐな目。


 カイは一瞬、迷う。


 だが止めることはできない。


「……無理はしないでください」


「はい」


 灰色街区は動き出す。


 娼館の従業員が、商会の搬入時間を記録する。


 酒場の店主が、軍需品の不足を聞き取る。


 港の荷役と繋がる者が、船の積荷を確認する。


 小さな目。


 小さな耳。


 だが数が増えれば、網になる。


 数日後。


 ミレイアが駆け込んできた。


「カイさん!」


「どうしました」


「北方行きの荷が減ってます。代わりに――」


「代わりに?」


「西方行きが増えてる」


 西方。


 北方戦線とは別だ。


 カイはすぐに帳簿を開く。


 西方は今、公式には“平穏”。


 戦争は起きていない。


「……再配分」


 北方の赤字を、西方に流している?


 いや。


 もっと別の理由。


 その夜。


 カイは単身、アルシェイド商会を訪れた。


「西方への荷が増えている」


 エレノアは微笑む。


「商売ですもの」


「戦争は起きていない」


「公式には」


 カイの目が細まる。


「何を隠している」


「あなたは国家の協力者でしょう?」


「帳簿の協力者です」


 エレノアは数秒沈黙し、やがて言う。


「西方で、資源争奪が始まる」


「戦争ですか」


「まだ“交渉”段階」


 だが軍需物資は動いている。


 つまり、帝国は赤字を“北方だけ”に使っているのではない。


 意図的に複数戦線を準備している。


「赤字は戦争の前払い」


 カイは呟く。


「ようやく気づいたのね」


 エレノアは静かに言う。


「帝国は常にどこかで戦っている」


「維持のため」


「ええ」


 灰色街区に戻る途中、カイは思考を巡らせる。


 国家は赤字を許さないのではない。


 赤字を“武器”にしている。


 黒字は秩序を生む。


 赤字は拡張を生む。


 ならば自分の黒字は、国家の拡張を妨げる。


「……だから監視」


 灰色街区が他区域の健全化を促せば、戦争準備が鈍る。


 国家はそれを嫌う。


 灰色街区に戻ると、イリスが待っていた。


「動きが速いですね」


 彼女は言う。


「西方の件を掴みましたか」


「ええ」


「どこまで知っている」


「十分に」


 イリスの目がわずかに揺れる。


「あなたは危険だ」


「国家にとって」


「設計を崩しかねない」


「設計が誤っているなら、崩れるべきです」


「崩れたあと、誰が責任を取る」


 静かな問い。


「責任は帳簿が取ります」


「人が死ぬ」


「いまも死んでいる」


 ラドの顔が脳裏をよぎる。


 イリスは一瞬、黙る。


「あなたは国家を敵に回す気か」


「いいえ」


 カイは静かに答える。


「国家を理解する気です」


 沈黙。


 灰色街区の灯りが揺れる。


「三か月後」


 イリスが言う。


「灰色街区は選ばれる」


「何に」


「国家の歯車になるか、排除されるか」


 カイは視線を逸らさない。


「歯車にならずに、生き残る道を探します」


「存在しない」


「なら作る」


 イリスの口元がわずかに動く。


「あなたは傲慢だ」


「合理的です」


 彼女は踵を返す。


「次に会うとき、あなたの答えを聞きます」


 扉が閉まる。


 静寂。


 カイは深く息を吐く。


 頭痛はまだある。


 だが視界は澄んでいる。


 赤字の理由。


 戦争の前払い。


 国家の設計。


 ならば。


 灰色街区は“黒字のまま”国家の戦略に組み込まれない形を探す。


 それは難しい。


 だが不可能ではない。


 数字は嘘をつかない。


 設計は解ける。


 問題は時間だ。


 三か月。


 灰色街区の運命を決める期限。


 カイは静かに呟く。


「再計算は、まだ終わらない」


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ