第14話 「罪を見すぎる」
ラドの葬儀は、簡素に行われた。
灰色街区の者たちが集まり、無言で花を手向ける。
誰も大声を出さない。
怒りも、悲しみも、抑え込まれている。
監視の目がある。
国家は見ている。
カイは少し離れた位置から、その光景を見つめていた。
黒い数列は、もう浮かばない。
死者には罪も計算もない。
ただ空白だけが残る。
「……あんた、平気なの」
ルシアが横に立つ。
「平気ではありません」
「顔に出ないのよ」
「出しても意味がない」
彼は淡々と答える。
だがその夜。
眠れなかった。
瞼を閉じると、数字が浮かぶ。
五万リル。
横領。
裏切り。
そして、ゼロ。
死後の空白。
数字が、脳裏に焼き付いて離れない。
頭痛が走る。
「……見すぎたか」
罪を見るたびに、何かが削れていく感覚がある。
感情か。
共感か。
あるいは、正常な恐怖か。
翌朝。
帳簿の数字が、微妙に歪んで見えた。
「……?」
計算式は正しい。
だが視界の端で、黒い数列がちらつく。
そこにないはずの罪が、重なって見える。
幻覚。
「カイさん?」
ミレイアの声で我に返る。
「顔色、悪いです」
「問題ありません」
「嘘です」
彼女は真っ直ぐ見上げる。
「ラドさんのこと、気にしてるんでしょう」
カイは沈黙する。
否定できない。
「守れなかった」
小さく呟く。
「仕方ないです」
「合理的ではない」
「でも、人です」
ミレイアは言う。
「数字だけじゃない」
その言葉が、胸に刺さる。
数字だけではない。
だが数字を見なければ、もっと多くが死ぬ。
その日の夕刻。
イリスが再び現れた。
「裏切り者が出たと聞きました」
「ええ」
「残念です」
声音に感情はない。
「国家が関与しているのですか」
カイは問う。
「証明できますか」
問い返し。
「契約違反はありません」
「そうですか」
静かな応酬。
「ラドの妹は」
イリスが言う。
「優先補給対象から外されました」
冷たい現実。
「彼は自覚していた」
カイは低く言う。
「罪を」
「国家にとっては罪ではない」
「個人にとっては罪だ」
「国家は個人ではありません」
また、平行線。
だが今は違う。
カイの中に、わずかな揺らぎがある。
「あなたは正しい」
イリスは言う。
「だが正しさで人は守れない」
「国家の正しさも同じです」
イリスは黙る。
初めて、わずかな沈黙が生まれる。
「あなたの黒字は有用です」
やがて彼女は言う。
「だが感情は不要です」
「不要ではありません」
カイは静かに返す。
「感情がなければ、国家は暴走する」
「感情があれば、国家は崩れる」
互いの論理。
イリスは立ち上がる。
「三か月のうちに、灰色街区の価値を証明してください」
「証明できなければ」
「再編します」
消滅ではない。
だが意味は同じ。
扉が閉まる。
カイは机に手をつく。
頭痛が強まる。
黒い数列が、現実と重なって見える。
灰色街区の従業員の背後にも、見えない罪が浮かぶ気がする。
「……これは」
能力の副作用。
罪を見すぎた。
脳が“罪”を探し続けている。
「カイさん」
ミレイアが袖を引く。
「休んでください」
「休めません」
「倒れたら意味ないです」
その通りだ。
倒れれば、灰色街区は国家に呑まれる。
カイは深く息を吸う。
数字を一度、閉じる。
帳簿を閉じる。
目を閉じる。
罪を見るのではなく、構造を見る。
個人の罪ではなく、設計。
ラドは設計の犠牲になった。
国家の設計。
自分の設計。
どちらも、誰かを削る。
「……次は削らせない」
声は静かだが、確かだった。
灰色街区は黒字。
だが血を流した。
帝国の赤字は、まだ理由を隠している。
その理由を暴かなければ、同じことが繰り返される。
カイはゆっくりと帳簿を開く。
罪を見るのではない。
赤字の源泉を見る。
帝国の帳簿の奥にある、真の項目。
そこに辿り着かなければならない。
自分が壊れる前に。




