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第二十一話 過去は海のように



「梅? うーめ」

誰かに呼ばれている感覚に閉じていた瞳を開ける。目の前には書き散らかしたノートとシャーペン。半開きの口が乾いている。

「ん……莉希?」

「お前と怜くんが赤点取ったから勉強会してるのに、寝るなよ」

あきれ顔の莉希に教科書で頭をはたかれる。机に突っ伏していた体を起こすと、同じくあきれ顔をした茉奈が目に入った。

「梅さん、数学苦手だからって寝ないでよ。わかんないなら教えるから」

「いや……うん。なに解いてたっけ」

「それすらわかんなくなるって、ガチ寝かよ……」

莉希は国語のワークをなんの障害もなくさらさら解いている。なんやかんや優等生な春樹は歴史のレポートをいち早く終わらせようとしていて、茉奈は梅子と怜に数学を教えている。

「眠い」

「ダメ、寝ない。」

学校の図書室には梅子たちの他に誰もいない。多少声が大きくても迷惑にはならないだろう。胸の下に敷かれていたノートに目を落とす。眠たくて仕方がないときに書いた数字はミミズがのたくったようだ。

「ほらほらペン持つ。問二まで解いたのね、じゃあ次大門六の_____」

茉奈の説明は右から左へ通り抜けていく。莉希はそんな梅子に気が付いているのか半笑いでもう一度頭を叩いてきた。今度は手で。



「うお」

顎が手から外れた衝撃で目が覚める。目の前に莉希はいない。となりに茉奈もいない。夢か、と嘆息した。

「……そうだ、八世のこと調べてて……」

数学の勉強などしていない。手元にはかき集め本のあちこちから抜き出した情報を書き連ねた紙。腹の虫が盛大になってため息をつく。本を抱えて本棚に戻しに行く。本棚の大量の空白に一冊一冊本を差し込んだ。

「ごはん食べに行くかー」

最後の一冊を差し込んだあと、空腹を訴える腹をさすってその場を離れた。図書館を出ると、太陽が傾き始めていた。

「……え? もう夕方?」

驚きでその場に立ち尽くす。晴天に忍び寄る夜の気配が時間が経ったことをまざまざと思い知らせてきた。

「とりあえず、ご飯……なんか手ごろな……」

眠気を振り払うために頭を振って歩き出した。梅子のすぐ傍を子供の集団が通り抜けていく。その光景に抱えきれない思いを抱いて、早足になってしまった。ドロシスに昨日教えてもらったばかりの露店が並ぶ大通りへ足を運んだ。どこからか管楽器が鳴らすジャズが聞こえてきた。

「なんかいい店ないかなー」

立ち並ぶ露店を吟味しているだけで空腹は存在感を増す。今日は肉の気分だ。夕食も近いだろうから、あまりたくさん食べてはいけない。

「おっ、串焼きだ!」

ふと視界に入った肉が突き刺さった串。火に炙られていい匂いをこれでもかとまき散らしている。露店の店主に串を指さしこれ二本、と告げた。

「二本で四百ノッドね」

「四百ノッド?」

思わず聞き返してしまった。一拍遅れて金額だと気が付く。店主に胡乱な視線を向けられた。慌てて麻袋に手を突っ込む。中には紙幣が三枚。千ノッドが二枚と五百ノッドが一枚だ。こういう時、数字は大変便利である。文字が読めなくとも金額だけはわかるのだから。五百ノッドの紙幣を差し出すと百ノッドの文字が彫られたコインと串が二本渡された。コインを麻袋にしまいなおし、串を受け取る。お礼を言ってその場を離れた。通りから少し外れた湖がよく見えるベンチに座り、肉にかぶりついた。

「んー、生き返るー……んまい……」

決して高級な味ではないが、満足感があるこってりとした味付けは好みだ。

(魔王城の食事はスープとパンと魔物の肉だけだもんなあ)

自由に手に入る食材が少ないとはいえ、アルティヤ生活二日目の朝食にカエル型の魔物の肉を食べるはめになるとは思わなかった。感触からして牛肉だろうか。帰ったらまたたべられなくなるのだから、としっかりかみしめて味わう。

(……しかし、本当に魔王って嫌われ者なんだなあ)

図書館で読みふけった本の数々には、うんざりするほど魔王への憎しみが籠っていた。醜悪、卑劣、卑怯、悪辣、時には災害などと揶揄されることもある。しかしそれほどまでに言われる理由が存在しているのも梅子は知ってしまった。自身が書いたメモを取り出し、目を落とす。八世の生涯を一から十までかき出しただけで、十五枚にも渡る紙束が出来上がってしまった。

案の定、というかドロシスに聞いていた通り、八世にまつわる逸話、伝承、その他もろもろは八世の死後にも存在していた。

「九世を八世と間違えたのかと思ったけど、その線も無しだもんな」

驚くべき収穫もあった。なんとシリウス九世、つまり八世の次の魔王は身分を明かし人間の国で三年暮らしたらしい。その国の名前はペトラス国。大陸を丸ごと国にしたステラシアの南側にある小さな島国である。

(八世は九世がペトラスで暮らしていた間も各地で目撃されている。流石に同一人物説は無理かな……)

二本目の串まで平らげて、刺さっていたものがなくなった。自分の手で調べることがこんなに難しいとは思わなかった。前途多難な現状に抑えきれないため息が零れた。

「あー、もう何もわかんない!」


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