第二十二話 くらやみにねむる
「何がわからないんです?」
「うお、ドロシス!?」
のけぞった拍子に視界に入った顔に驚いて、持っていたメモの束を落としてしまった。ドロシスがそれを拾って読み、首を傾げる。
(あっやべ、不味い)
「……ウメコさん、これ……」
終わった、そう思った。ドロシスに見られた。全身から血の気が引いていく。ドロシスがメモを見て首を傾げていた。なぜ魔王のことを調べているのかと詰め寄られるのを覚悟して立ち上がった。
「そ、れは……」
「これ、何語ですか?」
「……へ?」
地面を見つめていた顔を上げる。ドロシスが眉根を寄せていた。
「ステラシアの出身でしたよね。ステラシア語ではないですけど」
また別のトラブルが発生した! 梅子は頭を抱えた。やはり嘘はよくない。思わぬ矛盾のおかげで窮地に立たされているのを自覚した。背中に流れる冷や汗。心臓がバクバクうるさい。胡乱な視線に晒されて、手の中に残ったメモを握りしめた。
「あなた、ステラシアの人間ではないのですね?」
「……う、うん。そう……嘘ついてごめん」
謝罪が口からこぼれ出た。脳内は少ないリソースを頑張ってあちこちに割き、ドロシスへの言い訳と逃亡の方法と現実逃避を同時に行っている。
「き、今日、図書館に行ってて……」
「図書館? あなた、文字が読めないのになぜ図書館なんかに?」
ドロシスの怪訝な顔に梅子はハッとした。メモに目を落とす。そこには確かに日本語が記されている。それは図書館で懸命にかき集めた情報の山。そこに確かに存在する矛盾に梅子は驚愕した。
「な……なんで、読めて……」
「え?」
梅子の異様な様子にドロシスはそれまで纏っていた緊張を霧散させた。困惑する梅子に向かってわけがわからないという表情をしているが。
「私、さっきまで魔王のこと調べてたの、その時はちゃんと、文字が読めて。なんで、ウソ……」
「落ち着いてください。そもそもなんの本を読んでいたんですか?」
先ほどまでより幾何か優しい雰囲気を纏ったドロシスが梅子をベンチに促した。梅子は混乱をおさめるために状況の咀嚼を始めた。
「図書館の三階で……魔王について調べてた、」
「魔王について……? いや待ってください、図書館の三階!?」
ドロシスが突然梅子に顔を近づけた。どこかあどけないその顔にこれまでで一番の驚愕が現れた。
「ウメコさんあなた、あそこの本が読めるんですか!?」
「えっ? あっうん、読めるみたいだね……?」
ドロシスに詰め寄られ戸惑った。互いに大きく混乱していて、話がまとまっていない。脳が冷静になれと訴えてくるが、冷静になどなれそうもなかった。目の前のドロシスは何か事を急ぐように梅子に訴えかけてくる。
「みたいだね、じゃありませんよ! いいですかウメコさん、図書館の三階には、かつての魔王や勇者たちが残した本が保管されています。しかしそれは、今の人間には読めない本です」
「え? いやでも、受付の人は三階にあるよって案内してくれたけど」
「それはこの国に正しい魔王の記述が記載されている本があそこにしかないからです。魔王に興味を持っても、あの本を解読しないと真実はわからない」
誰もわからない歴史の真実を、あなたは簡単に読んでいるんですよ!?
そうドロシスに告げられて息が詰まる。自分がとんでもないことをしたのだと理解するのにそう時間はかからなかった。以前都市伝説を特集したテレビ番組が不意に蘇る。
______未解読の手記。謎の文字列、奇妙な絵。
誰にもわからないと言われるその謎。
「ウメコさん、いいですか。この際それが読めることはどうでもいいです。明日、わたくしに付き合っていただけませんか」
「へ? 別に、いいけど……」
梅子を糾弾する気にも見える険しい目つきはどこへやら、ドロシスはテンション高くその場でなにかをぶつぶつ呟き始める。梅子はその顔を呆然と見上げた。顔の向こう側の空が夜の気配を纏い始めている。こういう時、なんと言えばいいか梅子は知っているのだ。よく読むラノベを思い出す。
「私、なんかやっちゃった……みたいだね?」




