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【僕と魔王様の主従関係について】

 着いたのは草原。どこまでも続く、緑色の絨毯。いったい、どこに着いたのか、セシルにも分からなかった。それはそうだ。彼が完成させたのは物を移動させる魔術で、細かい調整はそれが終わってからと考えていたからだ。


「ここがどこか分からないけど、これからどこに……っ!」


 抱きしめられた。シルバに。セシルは慌てて引きはがそうとするが、腕力ではシルバに敵わないのか、逃げることは許されなかった。


「……心配した」


 シルバはそう言うと、さらに腕へ力を込めた。それを聞いて、セシルは肩の力を抜いた。そうだ、心配をかけた。もし反対の立場だったら、自分も心配する。そして、彼と同じように抱きしめたはずだ。


「……ありがとう、シルバ」


 少しずつ腕の力が緩み、シルバと見合ってしまう。セシルはなんだか恥ずかしくなり、顔を逸らした。しかし、シルバはそんな横顔をニヤニヤしながら見ている。


「……あのさ、シルバ」


 セシルは、まだニヤニヤ笑うシルバに向き直った。


「僕、考えたんだ」

「ほう、なにを?」

「うん」


 一つの間。それを置いてセシルは考えながら言葉を吐き出した。


「僕、ずっと一人だった。もちろん、クライヴさんとかアレックスとか……仲間はいたけど、家族みたいな絆がある人っていなかったんだ。クライヴさんは上司だし、アレックスとは住んでる世界が違うし……」

「まあ、そうだな」

「でもさ、シルバが来て、いろいろ変わったんだ。生活も、仕事へのありかたも。それで、そのどれもに、シルバがいた。僕、シルバがいたから変われたんだと思う。じゃなきゃ、研究員を土壁で閉じ込めたりしなかっただろうしね」

「あれは傑作だった」


 思い出しながら笑うシルバに、セシルも笑った。


「でね、言わなきゃいけないことがあるんだ」

「なるほど。だが、我からも言わねばならぬことがある」

「え?僕の言葉を聞かずに?」

「うむ、緊急性はこちらの方が高い」


 背筋を伸ばし、遠くを見る。どこまでも続く草原を風が撫でた。


「我も、ずっと一人であった。部下はいた。だが、常にいるわけではない。それに、食卓を囲むわけでもないし、一緒に眠ることもない。だが、セシルに召還されてからは随分と変わった。だれかと一緒にいるというのは良いものだ。我は、それが心から嬉しい」


 驚いているセシルをよそに、シルバは続けた。


「覚えているか?初めて出会った日の夜、セシルが言ったのだ。これからは二人で色んなことしよう、と。我はセシルと一緒にいるだけで満足ではあるが、一緒に様々なことをするのも、悪くない。我々は互いに寂しさを抱え、それを慰めるように一緒にいるのかもしれない。しかし、それも『形』だろう。そして、その『形』を……」


 そこまで言って、シルバはセシルに向き直った。シルバが笑う。優しくて、温かい笑み。この笑みに、どれだけ救われてきたのだろう。セシルはシルバの瞳を見ながら、そんなことを考えた。


「『愛』というのだぞ、セシル?」

「……そうだね」


 セシルは静かにシルバの手を握る。


「好き。僕はシルバのことが好き。契約の解除をする魔法陣を渡しておきながらなんだけど……僕と、ずっと一緒にいてくれる?」


 シルバはセシルの手を握り返した。


「我も、愛している。我の隣を、お前に渡そう」


 二人は笑いあう。誰もいない。二人だけの空間で、互いの体温を感じながら。

 シルバが言う。


「我の主人はセシル、お前だけだ。ほかの人間ではなく、セシルが良い。普通の主従関係とは違うが、どうだ?愛し合う主従関係。美しくはないか?」

「……そんなのって」


 シルバのいたずらっぽい笑みに、セシルは少しだけ戸惑いながら、シルバの首元を引き寄せた。

 そしてそのまま口づけをする。


 愛し合う主従関係 。

 そう、これが、この物語が、僕と魔王様の主従関係について

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