【魔人研究室】3
「ようやく、会えた……」
そう言いながら、シルバはセシルのもとへ走る。そして、手錠を解除した。あっさりと崩れ落ちたその手錠を、イアンは驚きながら見やった。
「まさか!その手錠は、魔術を受け付けないはず!」
シルバはセシルを立たせ、服を直す。
「ありがとう、シルバ……」
「まったく、どういうつもりだ!」
「へ?」
痛い体でようやく立ち上がったセシルに、シルバは泣きそうな顔で声を荒げた。
「我はお前と契約解除などしないと言ったはずだ!なぜ、このような札を置いた!?」
「ああ、えっと、巻き込みたくなくて……」
「馬鹿だ……お前は」
あの自信満々で笑っている普段の顔から想像できないほど、か細い声。本当に心配していたのだ、ということが分かり、セシルは笑った。
「……来てくれて、ありがとう」
「……後で覚えておくがいい……」
そう言うと、シルバはイアンの方へ向き直る。イアンは立ち上がると、魔人研究室の人間に指示を出す。魔人研究室の人間は一斉に雷の魔術を放った。
しかし、シルバは手を前に翳した。ただ、それだけだ。しかし、魔術は静止し、破裂音とともに消えてしまった。
「な!魔術が、消滅した!?」
シルバは不敵の笑みを浮かべた。
「知らなかったのか?魔王たるこのシルヴェスタは『魔術を削除する』能力を持っているのだ。だから、お前たちの魔術攻撃は無効だ」
「で、では剣ではどうでしょう?」
そう言うと、魔術研究室の面々は剣を持ち直す。人数はざっと百人。さすがに魔王でも手こずるかと思ったが、頼もしい言葉が響く。
「我が名は勇者、アレックス!オレに剣技で勝てるやつ、いる?」
「はい、みなさーん。戦場では『微笑みの悪魔』と呼ばれていました、私がいますよ?」
「さあ、みんな、魔術棟の管理者権限で捕まえちゃおうかなあ?」
「みなさん……」
驚くセシルの肩を、シルバが抱く。その温かさに、セシルはどこか安心感を覚えていた。
「彼は人間界における貴重な存在。それを研究することの何が悪いのです?実際、政府からの要望で行っているのです。これにはギルバート様も手出しができないはずですが?」
「確かに、そうかもしれないね」
ギルバートは静かに魔力を手に集中させた。その量は魔力の多い魔人よりも膨大だ。彼の周りから静かに風が吹く。
「でも、ボクは魔術棟の管理人だ。ボクは研究員の安全を確保する義務がある」
そう言うと、ギルバートは地面に魔力を叩きつけた。地面が割れる音がする。それに魔人研究室の人間は足元をすくわれ転倒する。イアンはそれでも諦めずに指示を出した。
「全員でセシルさんを取り戻します。剣で戦える者は魔王を、魔術で応戦する者は他の三人を攻撃します!」
魔人研究室の人間が一斉に攻撃を仕掛けてくる。シルバはセシルからもらった札を取り出した。
「ふむ、殺しても構わないが、それでは研究員を守るというギルバートに面目がたたぬからな。この札で我慢してやろう!」
札を投げる。すると札は鋭利な氷の塊となって解き放たれた。その威力は十分だったようで、研究員たちは足場の悪さもあり、転倒していく。
「……僕も、参加していいかな?」
ふと、セシルがシルバに問いかける。シルバは不思議そうにセシルを覗き込んだ。
「何か、やりたいことでもあるのか?」
「やりたいことっていうか、僕とシルバ、併せて魔王なんだよ?せっかくだし、魔王ぶりを発揮したいと思って」
その言葉に、シルバは豪快に笑った。
「よし、やれ!セシル!」
「よーし」
セシルは集中して手のひらに魔力を集中させる。ポウッと魔法陣が現れ、セシルは目を開いた。
「いけっ!」
今度は地面が盛り上がる音。気が付けば、研究員とセシルたちの間に大きな土壁ができていた。シルバは感嘆の声を上げる。
「なんだ、セシル。魔術を器用に使えるのだな」
「この豪快な技を見て、器用というのはシルバだけだよ」
セシルは肩で息をしながら笑う。さすがに魔力を多く使いすぎた。しかし、それでもセシルは笑っていた。シルバが来てくれた安心感もあるが、二人で戦えることが嬉しかった。
(こんな時に笑うなんて、どうかしてるけど……)
心の中で思い、苦笑する。そんな二人のもとに、クライヴがやってきた。彼は杖から大掛かりな魔術を簡単に放ちながら言った。
「……シルバさん。セシルさんを連れて、逃げて下さい」
「クライヴ?」
シルバはいぶかし気な顔でクライヴを見た。クライヴは続ける。
「ギルバートさんでも、彼らを逮捕できません。彼らは政府に言われた実験を行おうとしただけに過ぎません。この状況を打破するには、セシルさんを逃がすしか方法がありません」
「つまり、駆け落ちしろ、ということか?」
「か、駆け落ち!?」
思わずセシルは叫んでしまった。反してシルバはにやりと笑う。
「よいであろう!この魔王シルヴェスタ、主人たるセシルを連れ旅立とうではないか!」
「へ……?あ、あの」
セシルの言葉に、クライヴは笑った。といっても、常に笑っている男なので、本心はわからない。
「お元気で、セシルさん」
続いて魔人研究室の人間と戦っているアレックスが叫んだ。
「いつか、会いにいくんで。それまで魔王、しっかり守れよ!」
「ボクのことも、忘れないでね!」
人影に隠れて見えないギルバートの声が響いた。それを聞いて、セシルは心を固めた。この魔王と逃げる。それは人間界の政府から逃げるということ。そんな大それたこと、今までの自分では考えられなかった。
(それでも、シルバと一緒なら)
新しい世界、そこにはいつもシルバがいた。彼がいれば大丈夫。セシルはシルバの手を握った。その手は震えていない。恐怖はなかった。
「シルバ、僕に任せてほしい」
「何をだ?」
「シルバの翼で飛んだら、どっちに飛んで行ったか、追跡される。でも、僕の転移魔術なら、足はつかない」
「……完成していたのか」
そんなことに驚きながら、シルバはニッと笑った。
「お前を信じる?当たり前だ!いくぞ!」
「うん!」
セシルは魔力で魔法陣を描いた。そして、次の瞬間。
二人は戦場と化した研究所跡地から消え去った。




