【心の変化】1
「スランプ、ねえ」
鎮魂祭から一ヶ月ほど経った。セシルはあれから魔術を作る作業にてこずっていた。これを『スランプ』と呼ばれている状態であることはシルバでも分かった。彼はセシルを連れてギルバートの部屋を訪れていた。
「まあ、騎士団から出た依頼だから急ぐ必要はない、とは思いたいけどねえ」
「転移の魔術って難しいんです。一度、情報を保管して、その情報を転移先で開放すればいいのかな?って考えたんですけど、それじゃあ、転移前の人間と転移後の人間は別人なんじゃないか、と思って」
「ふむ……」
ギルバートが腕を組む。シルバは茶飲み仲間のように思っているようだが、ギルバートも魔術棟の管理人なだけあって、魔術には詳しい。彼はセシルに向き直る。
「古代魔術って知ってる?」
「過去に使われていた魔術のことですよね?今はもう失われて……ロストテクノロジーだって」
「そう。もしかしたらヒントがあるかも。古代魔術に関する書籍が保管されている書庫には許可がないと入れないから、ボクからかけあってあげる」
「いいんですか?」
「いいよ。魔術発展のために、ね?」
病的に白い顔がほほ笑む。どこか不気味さがあるが、頼もしい存在だった。
「その代わり、セシル君も遊びに来てよ。シルバ君はよく来てくれるけど、セシル君も一緒においで」
「そんな!魔術棟の管理人に、そう簡単に会えませんよ。第一、僕、ここへのアクセス権限持ってないんですから」
「うむ、我がこの部屋の風通しを良くしておいたからな。そこから入れば、セシルも入れる」
「風通しって……雨の時どうするのさ?」
「ハハハ、大丈夫。一応、シルバ君とセシル君だけ入れるように結界は張ってるから。じゃあ、アクセス権限をもらいに、総務部に行こう」
そう言い、ギルバートは立ち上がる。シルバとセシルもそれに続いた。
ギルバートと歩くと、魔術棟は静まり返る。それはそうだ。彼は魔術棟の管理人なのである。しかも、魔王が歩いているとなると、人々は畏怖せざるを得ない。
ギルバートは謎が多い人間として知られている。ある程度、年齢を重ねているはずなのに、見た目は子供だ。その病的に白い体は、神秘的にも恐怖の対象にも見える。本人は気さくな性格だが、そんな性格であることを知る人間は少ない。むしろ、噂では役に立たない人間を始末しているとされていた。そんな存在が魔術棟を歩くのだ。皆、静まっても仕方が無い。
三人が総務部を訪れたときも、総務部は静まり返った。
「ごめんね、仕事中。でも、これもお仕事だからさ。セシル君とシルバ君に古代魔術書庫へのアクセス権限をあげてほしくてね」
「は、はい。すぐに……」
そう言いながら総務部の女性は二人の魔石にアクセス権限を与えた。ギルバートは満面の笑みで、女性へ礼を述べる。
「ありがと。じゃあ、仕事がんばってね」
「ありがとうございます……」
それだけ言うと、今度は二人に向き直った。
「じゃ、ボクは部屋に帰るけど、二人も仕事、がんばってよね」
「ありがとうございます、ギルバートさん」
「いやいや、お代はお茶一杯分」
軽い足取りで帰っていった彼を見送ると、周囲にざわめきが返ってきた。
「ギルバートは嫌われているのか?」
「いや、恐れられているというか……シルバだって、部下に恐れられていたでしょ?」
「ふむ……忠実であったことに変わりはないな」
(まあ、これだけ優しければ、恐れられはしないか)
そう思いながら、セシルは書庫へ向かうのだった。




