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【共同生活】1

 終業時間。本来であれば職員たちは家路につく時間だが、セシルには関係ない。彼はチャイムが鳴り響く中でも、書類とにらめっこしていた。


「……瞬間移動をする魔術、ね……まず、移動する人間の情報を保存して、人間の存在を移転先に転写して、情報を移して……これじゃあ、転移する前の人間と、転移した後の人間は別人になるのかな?」


 一人でぶつぶつと話しながら、過去に作成した魔術をあさる。何かヒントになるかもしれない。乱雑な部屋からは想像つかないが、彼は彼なりにルールを持ち、荷物やデータを整理する人間だ。過去の魔術も一つにファイリングしてある。


 丁寧、とは言えないが、自分のルールで保存されている魔術を振り返っていると、シルバが部屋に帰ってきた。セシルはファイルから目を離さずに、シルバに話しかけた。


「おかえり、シルバ。遅かったね。何か楽しいものでも見つけた?」

「うむ、セシル。帰るぞ!」

「うん、かえ……帰る?」


 セシルがようやくファイルから顔をあげた。シルバは勝ち誇ったように手を腰に当てた。


「家を契約してきた。狭いが、コンロが三つもある、優良な物件だ!」

「……え?なにを言って」

「まあ、話はいい。終業時間であろう?帰るぞ」


 そういうと、シルバはセシルの手を引いた。そして、ようやく覚えた地図を頼りに魔術棟を出る。


「ちょ、ちょっと待って!」

「待たぬ。そうだ、二十年分の給与は銀行に預けてきた。ほら、これがカギだ」


 キラキラと光る金色の鍵。それをセシルに渡す。セシルは怪訝そうに鍵を見た。


「銀行?ちょっと訳が分からないんだけど!」


 手を引かれ、やってきた道には人があふれていた。それはそうだ。魔術棟があるのは人間界の中心都市。しかも、終業時間ぴったりなのだ。セシルはそんな中、手を引かれ歩いている。目の前に見えるドラゴンの翼を背負った背中を見る。大きくて、頼りがいのありそうな背中だが、セシルはそれどころではなかった。

 セシルは怖かったのだ。魔術棟を出ても、近くの洗濯屋に行く程度で、時間もわざと深夜に行っていた。人混みが怖いのだ。

 そんなセシルの様子を知らないシルバは、ぐいぐいとセシルの手を引く。やがて、人が集まっている中心から離れ、路地裏にやってきた。


「ここだ」


 ようやく手を離されたセシルは、目の前の建物を見る。そこには小さな一軒家があった。庭もない、日も当たらないその家は、コケに覆われ、古民家と呼ぶにふさわしいものだ。


「ここが?」

「我とお前の家だ」

「家を契約したって、本当だったの?」

「あぁ。これがカギだ。我の鍵と、セシルの鍵が二つある。今日からここで生活するのだ」


 セシルは鍵を握りしめる。正直、何がおきているのか分からない。そのうえ、魔術棟の外など、なにがあるか分からない。次第に体が小刻みに震えはじめた。シルバはその様子を見て、穏やかにセシルの背中をさすった。


「怖いか?」

「うん」

「……大丈夫だ。我がいる。我は、お前の使い魔だ。離れずにいてやる。だから、安心しろ」

「……それでも、怖いよ」

「いずれ、慣れる。というより、慣れろ。慣れねば、この広い世界を見ることが出来ぬぞ」

「仕事があるんだから、世界なんて見れないよ」


 セシルはようやく苦笑した。

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