13 ぼくの妄想
13 ぼくの妄想
そう言えば、山花さんは小説の中で舞さんの扱いが小さかったことに不満を言っていたな。それはリモートで会った優花さん、葵さん、明日香さん、亜美さんの親たちも同じような不満を述べていた。親としては、娘たちの登場シーンがもっと多いことを望んでいたんだな。これじゃあまるで、小学校の学芸会みたいじゃないか。大人になってこんなんだから、小学校の先生は保護者にかなり気を使っているんだろうな。こりゃあ、大変だ。
それにしても、萌や幸子の親は現れてこないな。萌は小説の中でも麦川アパートに肉親は訪ねてこなかったけど。山花さんの側に立って考えてみると、萌も幸子も小説の中で主役級の働きをしたんだから、それで十分だと考えているのかな。もしかすると、山花さんは萌や幸子にやっかみがあって、意図的に彼女たちの肉親を捜していないのかもしれない。それはそれで萌も幸子もかわいそうな気がしないでもないな。でも、彼女たちにしても小説の中の架空の人物であって、その親が登場するという方がおかしいのだから、それはそれでいいか。
萌の母親が実際にいたら、どんな親なんだろう。きっと頭がいいのは間違いがない。両親とも大学教授なのかもしれないし、研究所に勤めている研究者かもしれない。弁護士や医者だってありうるぞ。名字が分かれば、ネットで検索することもできたのに、萌を始めとして麦川アパートの女性たちには、誰にも名字をつけていなかったな。彼女たちは名字がなくて寂しかったんだろうか?
萌はどうして十歳も若く見えたのだろう? どうして家出をしなければならなかったんだ。両親が共働きで、本だけ与えられて、放っておかれたのだろうか? それにしては素直に育っている。親の愛情がなくても、素直に育つものだろうか? それに家事をてきぱきとこなしていた。彼女は子供の頃から親の代わりに家事一切をこなしていたんだ。どうして、親は学があるのに、娘をそこまで放っておいたのだろう。意識的に自立を促したのか? それとも自分たちの仕事にかまけて、子供を放っておいたのか? いや、別に親がインテリに決まったわけではない。普通の家庭からだって、萌のような頭の良い子が生まれてきても不思議ではない。もしかすると、親は地方公務員だったのだろうか? もしかすると母親は若くして病気で亡くなり、父親と二人暮らしだったのだろうか。こう考えると、萌の家事が得意なことも理解できる。だけど、別に公務員でなくても民間企業に勤めていてもいいではないか。少なくとも、母親が子供の頃からいなかったというのは、確かなことかもしれない。母親は病気で亡くなったわけではなく、交通事故かもしれないし、男と出て行ったのかもしれない。とにかく母親はいなかったんだ。これが真実に一番近いんじゃないのか。
萌が細くて小さいのは、もしかすると子供の頃、十分に食べさせてもらっていなかったせいじゃないのか。すると、貧しかったのかな。それとも、父親にほったらかしにされていたのか。なにも、不遇な幼少期を過ごしたからといって、それだけが体が小さい原因でもないよな。遺伝的に小さい奴だっていっぱいいるし。
萌に初めて会った頃は、未成年だと思い込んでいたけど、実際は28歳だったんだな。それじゃあ、大学を出ているのかもしれないな。あんなに賢いんだから、かなり優秀な大学を卒業したんだろうな。村長に立候補した時に経歴が載っていなかったっけ。そこまでぼくの注意が及ばなかったな。対立候補がなかったから、選挙戦を克明に書けなかったしな。学部はどこを卒業したんだろう。一般的には経済学部くらいかな。法学部ということもありうるぞ。論理的な頭脳から察すると、意外と理学部あたりかもしれないな。今度萌に会ったら聞いてみたいな。いや、そんなことできるわけないだろう。萌は小説の中の架空の人物なんだから。ぼくもかなり山花さんに毒されてきているな。どこかに萌がいるような気になっているんだから。
それにしても、みんなが麦川アパートを出たとしたら、萌はどうしているんだろう。あのまま萌は麦川アパートに残っているのだろうか。そう言えば、あのアパートは本来はおっさんが一人で住んでいたアパートだったな。その後でじいさんが居座り、じいさんが萌を連れてきたんだったな。彼女が女の子で最初の子だったんだ。もうじいさんはいないのだから、萌とおっさんが二人で住んでいるのかな。萌は本来そんなに活発な娘ではないから、アパートを出て行くということは考えられないな。アパートが壊されたのなら別だけど。
そうか、アパートが壊されたのか。大家がアパートを壊すことにしたんだ。それでみんながアパートを出て行った理由がわかったぞ。でも、アパートを壊すなんて、どうしてだろう。大家の親切な老夫婦が死んだのだろうか? 財産を引き継いだ甥っ子が、アパートを取り壊すことに決めたのだろうか。でも、アパートを壊すなら壊すで、あらかじめ言っておいてくれなければ、みんなも困っただろうに。
もし麦川アパートを壊した後に新しいアパートが建つのならば、みんなはそこに戻ってきて、再び共同生活を住めばいいではないか。家賃が高くなったら一緒に住めないのかもしれない。もしかすると、美咲の農園だけの現金収入では新しいアパートの家賃が払えないのかもしれない。それなら彩乃はキャバクラに戻りたがっていたから、彩乃や舞たちのキャバクラ勢の収入で、家賃ぐらい十分に払えると思えるけどな。そうか、キャバクラで働いている連中から不満が出て、仲たがいしたということも考えられるな。どうして自分たちがたくさんの金を入金しなければならないんだ、と言い出したとしても、不思議ではない。言い出すとしたら舞かな。それに彩乃が同調したのかもしれない。以前は幸子の抑えがあったから、不満は表に出なかったんだ。そのたがが外れたら・・・。でも、そこのところは萌の才覚でうまく切り抜けられると思うんだけどな。何があったんだ・・・。
親が登場して、娘たちを引きはがしにきた? まさか彩乃が男を連れ込んだのか? いくら男好きだって言ったって、これまで彩乃だって節操があったじゃないか? 抑えの幸子がいなくなったからと言って、男をアパートの中に引っ張り込むことはしないだろう。でも、男がアキラだったら・・・。彩乃が心底惚れ抜いて腕に名前を彫ったアキラに再会したならば・・・。アパートに連れ込んで、それからアパートを出て行ったことも考えられる。そうしたことに端を発して、女の子たちの結束にほころびが生まれたのかもしれない。
それとも誰かが事故で怪我をしたり、死んだりしたのか? もしかしたら、未来が車の免許を取って誰かをはねて殺してしまったのか? 保険に入っていなかった? それはあるかもしれない。信号無視でわき見運転、酒は飲んでいないが、一方的にこちらが悪い。萌が金の算段をしても、億という金を準備できるわけがない。みんなキャバクラで働いたって、いつ返せるかわからない。未来が自暴自棄になって自殺した? おい、そこまで考えるか。
誰かが病気になった。まさか萌じゃないだろうな? 萌が病気になって入院してしまったら、アパートの住人のかなめがいなくなってしまう。待てよ、誰かがコロナをアパートに持ち込んで、集団感染したんじゃないだろうな。今の時代、この線が一番考えられることかもしれない。みんな若いから重症化することはなかったと思うけれど。もしかすると、おっさんも罹ったんじゃないだろうな。あれだけの集団で生活しているんだから、おっさんだけコロナに罹らないってわけにはいかないよな。おっさんは何歳だっけ? 50くらいだよな。危ないな。一人で生活していた頃は、不健康な生活をしていたんだろうから、高血圧か糖尿病の疾患があっても不思議ではないよな。ワクチンを打ったんだろうか。萌がきちんと指導しないと、ワクチンを打たないだろうな。おっさん、きちんと病院に入院できたかな。人工呼吸器は手配されたかな。もしかしたら死んでいるかもしれないな。このご時世、誰も病院に見舞いに行けなかっただろうから、おっさん一人で寂しく死んだんだろうな。多分、荼毘に付された後で骨になってみんなと再会したんだ。でも、おっさんが死んでも、アパートの住人には混乱はないと思うけど。おっさんはアパートでそんなに重要な役割を果たしていないぞ。そうか、アパートの借り手がおっさん名義になっていたから、おっさんが死んだのをこれ幸いにして、契約がないということでみんなが追い出されることになったんだ。段々と読めてきたぞ。
幸子はどうしているんだろう。いまでも、ニューヨークのマジソンスクエアガーデンで七海と一緒にプロレスで活躍しているのだろうか? 彼女は麦川アパートの現状をわかっているのだろうか? プロレスの試合中に怪我をしていないよな。ジャイアントスイングで腰を痛めていたからな。英語は少しは上達したのかな。七海がいるから大丈夫だと思うけど、きちんと食べるもの食べているかな。あいつ、肉より魚の方が好きだったけど、アメリカにはサバの味噌煮はあるのかな? 栗ご飯も好物だったけど、ニューヨークのスーパーに栗は売っているのかな? 売っていれば七海が栗ご飯を作ってくれるよな。幸子は正義感が強いから、絡まれている奴を助けて、逆に暴漢からピストルで撃たれてはいないだろうな。アメリカはみんな拳銃を持っているから、気をつけなくちゃあいけないことを教えていなかったな。さすがに拳銃にはかなわないよ。
幸子、もしかしてアメリカで男ができたんじゃないのか? 日本で男っ気がなかったけど、アメリカ人はみんな大きいから大きな幸子でも釣り合うよな。アメリカ人の好みはわからないけど、いろいろな民族の人間がいるし、個性を重んじるらしいから、幸子を好きになる男がいたって不思議ではないよな。幸子は本当は性格がいい奴なんだから。英語が分からないって? 恋愛に言葉は必要ないでしょう。目と目が合って、ビビビってきたんだよ。相手もプロレスラーか? 身長が2メートルくらいあるハルク・ホーガンのような奴かもしれないな。こんな大男も神経はか細いだろうから、幸子の包容力にいちころだろうな。釣り合うかも知れないな。それとも蚤の夫婦で、ヒスパニック系の小さな男かもしれないな。意外とニューヨークで医者をやっていたりして。幸子が試合で額を割って、病院に運び込まれて10針縫った医者がその男だよ。きっと涼しい顔で縫われていた幸子に、その男、名前はジョージって言ったかな、ジョージが惚れたんだよ。ジョージは毎試合真っ赤なバラの花束を持って、最前列で幸子の応援をしたんだ。初めの頃は幸子も戸惑っただろうけど、そのうちジョージの真剣な愛にほだされるようになったんだ。感動だね。
だんだんと見えてきたぞ。これまで山花さんの話を受け身でとらえていたからいけなかったんだ。もともとはぼくの小説なんだから、臆することなく物語の主導権を取り戻さなければ。クライマックスはわが手にだ。
つづく




