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11 麦川アパート解散

11 麦川アパート解散


 山花さんからチャットが入った。


山花:その後、お元気でしょうか。山形は2月に入って厳しい寒さが続いています。今年は雪が多く、畑には1メートルくらい雪が積もっています。先日は、うちの舞がご無礼を働き申し訳ありませんでした。先生には不愉快な思いをさせたのではないか、と心配しております。


ぼく:いえ、そんなことはありません。そんなに気にしないでください。


山花:先生からそう言っていただくと胸のつかえが少しはとれるというものです。さて、話は変わりますが、以前リモートでお会いした方々からメールがきまして、全員がお嬢様方と連絡がとれたそうなんです。これもひとえに先生のおかげだということで、くれぐれも私の方から先生にお礼を言っておいて欲しいと頼まれています。


ぼく:それはよかったですね。みなさんですか?


山花:ええ、優花さん、葵さん、明日香さん、亜美さんの4人ともです。もしかすると、私とコンタクトの取れていない方々も、先生の小説を機にお会いできたかもしれませんね。


ぼく:私の小説がみなさんの再会に少しでも役に立ったとするならば、小説家冥利に尽きるというものです。


(ぼく:家出人の捜索の役に立ったことが小説家冥利に尽きるわけではないよな。ぼくも調子の良い事を言うようになったな。それにしても小説が家出人の捜索に役に立ったなんて稀有な例じゃないの。もしかしたら、この線でぼくの小説は世に出て行けるかもしれないな。世の中、何が幸いするかもしれないし・・・)


山花:子供たちも見つかったので、妻と話して、以前から進めていました麦川アパートの調査は、ひとまず中止にしようということになりました。コンピュータの画面にかじりついて毎日一生懸命に調査を行っておりました妻は、何か気が抜けたようです。少し家事が手薄になっていたので、丁度いいんですけどね。


ぼく:娘さんたちから話を聞けば、アパートの場所もいずれわかりますしね。


山花:そうですよね。しかし、私の予想は当たっていました。先生は大作家です。過去に文豪ともてはやされた作家は数多いるでしょうが、家出人の捜索に役に立つような小説を書いた作家は、これまで誰もいないでしょう。先生、文壇で聞いたことはありますか?


ぼく:いえ、ないですね。(あっ、そもそも文壇なんて知らないし)


山花:そうでしょう。


ぼく:それで、娘さんたちはどうされているんですか? 近々、全員の娘さんたちとリモートで集まって、お話をされるんですか?


山花:いえ、どの娘さんもそれぞれ問題を抱えられておられるようでして、先生の前に出すのは気が引けるということでした。私も舞を先生と引き合わせるのは少し早かったのではないかと、今では深く反省しています。


ぼく:そんなことはありませんよ。可愛らしい娘さんじゃありませんか。


山花:お世辞でもそう言っていただけるとありがたいです。愛嬌のあるところを先生にお見せできなかったことが、今でも残念で仕方がありません。


ぼく:それは次回ということでよろしいんじゃないですか。それより、他の娘さんたちはどうされているんですか?


山花:みなさん麦川アパートを出たそうですよ。


ぼく:あんなにみんなで楽しく過ごしていたのに。小説が終わった後、麦川アパートで何があったんですか?


山花:何があったのかわからないのですが、みんな麦川アパートを出たのは間違いないようですよ。


ぼく:萌やおっさんも出ていったんですか?


山花:それは彼女たちもよくわからないそうなんです。彼女たちの中で最初に出て行ったのが舞で、その直後に葵さんが出て、その一週間後に亜美さんが未来さんと連れ立って出て行き、その翌日に明日香さんが出て、数日後に優花さんが出て行ったそうなんです。優花さんが出て行った時には、アパートには萌さんもおっさんもいたそうなんですが・・・。


ぼく:いったい麦川アパートに何があったんですか?


山花:さあ、誰もその理由を話さないようなのです。うちの舞はこの前、おんぼろアパートだから出たって言ってましたよね。それだけが理由かどうかはわかりませんが、最近の若い娘が好むようなアパートでないことは間違いですからね。先生がもう少しこじゃれたアパートに彼女たちを住まわせてくれていたら、彼女たちも出て行かなかったんではないかと、今にしては思うんですけどね。部屋も畳からフローリングに替えてもらって、水回りも改装してもらえればよかったんですが。トイレも和式のままで改装していないんでしょう。トイレは洋式じゃないと若い子には辛いですよ。


ぼく:そこまで気が回らなかったんですよ。


山花:お風呂も昔ながらの五右衛門風呂じゃなくて、明るいお風呂にして欲しかったですね。


ぼく:五右衛門風呂だったんですか? 普通のホーローのお風呂とばかり思っていました。


山花:舞からそう聞いていますけれど・・・。


ぼく:五右衛門風呂は再考の余地があると思いますが、麦川アパート全体としては郷愁を誘うような古さがよかったんじゃないでしょうか。純朴さが感じられたでしょう。


山花:それは我々昭和世代が感じることであって・・・。やっぱりもう少し若い娘の心情も考えてやらなくてはいけなかったんじゃないですか?


ぼく:いや、お嬢様方が麦川アパートを出て行くというのは、私の関知しないところであって。小説が終わってから、勝手に行動し始めたことでしょう。私の責任じゃありませんよ。


山花:すみませんでした。決して先生を責める気はなかったんですよ。我々としても娘たちがあのまま麦川アパートに残って、幸せに暮らしていることを強く望んでいたのですから。我々としてもあの素朴さは大切なものだと評価していたんです。ですから、麦川アパートを出て行ったのが、とても残念なんですよ。うちの舞があんな乱暴な口の利き方をするようになったのも、麦川アパートを出たからだと思うのですよ。あのまま麦川アパートにいればいい子でいられたと思うので、返す返すも残念です。


ぼく:それで、みなさんの子供さんは今どちらにお住まいなんですか? 実家に帰られた方はいるんですか?


山花:誰も実家には戻っていないようなのです。もともと家を飛び出した子供達ですから、おいそれとは実家に戻れないでしょうね。優花さんは、今ハワイにいるらしいですよ。


ぼく:えっ、ハワイですか。バカンスですか?


山花:いえ、フラダンスの衣装の作り方を習いにいっているそうなんです。文化祭でみんなのフラダンスの衣装を縫って、みんなに喜ばれたのがよっぽど嬉しかったんでしょうね。彼女の家はお金には困りませんから、旅費や滞在費はお母様から出ているんじゃないでしょうか。でも、彼女は元々一流のネイルアーティストですからね。ハワイでも避寒に来ているハリウッドスターに頼まれてネイルをしているそうですよ。お金には困らないでしょうね。お母様には、ワイキキの浜でクロールで泳いでいる写真が送られてきたそうです。自立されていてうらやましい限りです。


ぼく:ハワイの本場で正式にフラダンスの衣装づくりを習っているなんて、小説を書いた私としても嬉しい限りです。小説のその後としては、とっても明るいニュースですね。それで他のお嬢さん方はどうされているのですか?


山花:葵さんは本格的にフラダンス教室に通われていたそうですよ。そして、そこでいいパートナーを見つけて、現在は一緒に生活されているそうですね。パートナーはもちろん女性です。このパートナーがお金持ちだったんですね。いまじゃあ、二人でフラダンス教室を青山に開いて、繁盛しているそうなんですから。


ぼく:それはすごいじゃないですか。たしかに葵さんは小説の中で一生懸命にフラダンスを勉強して、みんなに教えていましたものね。教えることに向いていたんですね。


山花:葵さんのお母様が、娘にフラダンスをめぐり合わせていただいて感謝しています、と先生に伝えておいてください、と言われております。


ぼく:葵さんの努力の賜物でしょう。葵さんは何をするにしても真面目ですから。それで明日香さんはどうされていますか?


山花:明日香さんのお母さまは、娘さんのことをあまり語りたがらないんですよ。うちの舞のように荒んだ暮らしをしているんじゃないですかね。亜美さんはアパートを出た後は未来さんとしばらく一緒に暮らしていたそうなんですが、未来さんが出て行って、今は一人で住んでいるそうなんです。ラーメン屋でバイトをして、そこの男とくっついたという話もあるらしいのですが、亜美さんのお母さんも娘さんのことをあまり話したがりません。優花さんや葵さんのようなわけにはいかないんですよ。


ぼく:まあ、若い娘さんですからね、いろいろとありますよね。人生、先は長いんですから、これからですよ。


山花:そうですよね。先生、最後まできちんと娘たちの面倒を見てくださいよ。


ぼく:えっ、私にそこまでの責任はないでしょう。たかが無名の小説家なんですから。


山花:無名も有名もないでしょう。我々にとってはかけがえのない作家さんなんですから。


ぼく:もう『麦川アパート物語』の続編は書く予定はないんですよ。


山花:先生は子供たちの未来をここで放り出すんですか? それはあまりに無責任というものでしょう。先生にはみんな期待しているんですから。


ぼく:期待されるのは本当に嬉しいんですが、今は他の作品に取り掛かっていますもので。


山花:いえ、決して急いでいるわけではありませんので、先生のお手すきの時でいいんです。これからも末永くお願い致します。


ぼく:こちらこそお願いします。


       つづく

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