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10 舞との話し合い

10 舞との話し合い


 山花さんからメールが来た。最近、娘の舞さんから新しいメールが来たという。そこで一度ぼくを交えて、3人でリモートで話がしたいというのだ。舞さんもそれを望んでいるという。舞さんも『麦川アパート物語』を読んだのだろうか? 現実世界の中でこんなに活用されている小説は、世の中にそうはないんじゃないかと思えて、少し誇らしくなってきた。それに、山花さんたちが話していることが劇中劇のようにも思えてきて、ぼくの薄っぺらな小説が凄く手の込んだ物語のようにも思えてきた。しかし、現実の世界の中で進行しているこのストーリーを書いているのは、少なくともぼくではない。ぼくは一人の登場人物にしか過ぎなくなってきている。それもチョイ役だ。


山花:先生、ご無沙汰しております。


ぼく:山花さんもお元気そうでなによりです。舞さんにお会いできて、よかったですね。


山花:そうですね。何年ぶりでしょうね。先生にお話ししたかと思うのですが、メールはもらっていたのですが、リモートとはいえ顔を見るのは久しぶりです。直接会いたかったのですが、このコロナでしょ、会うことができないんですよ。


ぼく:残念ですね。それでそちらの画面にうつっているのが、お嬢様の舞さんですか?


山花:舞ちゃん、先生にご挨拶しなさい。


舞:こんにちは。山花舞です。父がいつもお世話になっています。


(ぼく:別に小説の中で舞のイメージを明確にしていたわけではなかったが、それでも目の前の女性は、ぼくのおぼろげなイメージの舞とは明らかに違っていた。真っ赤な口紅を塗って、長い髪にはウエーブをかけ、眉毛が薄く、赤いスタジャンを着ている。斜に構えて、ふて腐れているようにも見える。あの愛想のいい舞の片鱗はどこにもない。これでは詐欺師などできそうもない。そこらにいるチンピラのお姉ちゃんのようである。もしかすると、麦川アパートに来た頃は、女の子はみんなこんな野良猫のようだったのかも知れない。辺りを警戒するように目が動き回って定まらない。だけど、麦川アパートで何年かみんなと過ごしたのだから、精神的に落ち着いたはずじゃないか。それとも小説が完結した後に何かあったのか? いや、舞の見かけに驚いておかしなことを考えてしまったが、目の前の舞さんは小説の中の舞とは違うのだから、冷静にならなければいけない。少しずつ山花さんのペースにはまってきているようだ。冷静に、冷静に。うまく口裏を合わせればいいだけなんだから)


山花:おまえも先生にはたいそうお世話になったじゃないか。きちんと先生の小説を読んだんだろう。


舞:まあ。


山花:なんだ、その口の利き方は。先生、すみません。しつけが悪くて。子供の頃はもっと素直な子だったんですが。先生にも愛嬌があるって書いていただきましたよね。


舞:愛嬌がなくて悪かったな。


山花:すみません。舞ちゃん、もう少しきちんとしなさい。先生、小説の中の舞ちゃんはもっと明るかったでしょう?


ぼく:ええ、まあ。それはあくまで小説の中の舞さんですので、山花さんの舞さんと比較してはいけないんじゃないかと思います。


山花:舞ちゃん、麦川アパートの生活はどうなんだい。舞ちゃんはキャバクラに勤めていたんだよね。


舞:ああ、キャバクラは変なおっさんに体を触られたりして不愉快なこともあるけど、酒を飲んでバカ話をして、騒ぎまくってりゃあ金をもらえるから、私には合っている仕事だね。


山花:舞ちゃんは、お酒強いのかい?


舞:ああ、ボトルの一本は飲めるね。客よりもたくさん飲んで、客が慌てているよ。


山花:お酒は体に悪いから適度にした方がいいよ。幸子さんのショーは客に評判なんだろう。


舞:幸子? だれだっけ?


山花:(少し慌てたようである)小説を読んでいないのか? あのプロレスあがりの幸子さんだよ。一緒にキャバクラで働いているんだろう。


舞:ああ、幸子ね。ジャイアントスイングだよね。きちんと小説は読んだんだけど、私バカだからさ、すぐに忘れちゃうんだよね。


(ぼく:やっぱり、この舞さんは小説の中の舞とは違うんだ。あっ、突然リモートが切れて繋がらなくなってしまった)


ぼく:山花さん、舞さん、聞こえますか。こちら映像も音声も届いていませんが・・・。聞こえていたら、返事をお願いします。山花さん、山花さん。


5分くらい経っただろうか。繋がらないと時間がすごく長く感じられた。


山花:先生、聞こえているでしょうか?


ぼく:はい、聞こえています。お顔も見えています。舞さんも見えていますよ。


山花:どうも、機械の調子が悪いようで失礼しました。確か、話は幸子さんのジャイアントスイングからでしたね。


ぼく:そうでしたっけ?


舞:七海が幸子のジャイアントスイングで回されるショーは、うちのキャバクラの最大の呼び物でした。私も一度、幸子にやってもらったんです。


(ぼく:映像が切れた間に、山花さんのレクチャーを受けたように、舞さんはジャイアントスイングの話をリアル(?)にするようになった。言葉遣いもいくぶん丁寧になったような気がする)


ぼく:舞さんもよく私の小説を読んでくれていますね。ありがとうございます。


山花:海水浴に行って、舞ちゃんも幸子さんからブレーンバスターをかけてもらったの?


舞:ブレーンバスターって何? 私、プロレスのことあんまり詳しくないから。


映像がまた途切れた。今度は2、3分で復活した。


山花:本当に機械の調子が悪いですね。それで、舞ちゃんはブレーンバスターしてもらったの?


舞:はい。海で豪快なブレーンバスターをしてもらいました。


山花:村のみんなで海に行った時、二回目の時だよ。あの時、2000人で踊ったジェンカは凄かったんだろうね。


舞:ジェンカって何? 難しい事、あんまり聞かないでよ。テストみたいじゃん。私、馬鹿だって言ってんじゃん。もう頭に入らないからね。


明らかに舞さんが不愉快になっていっているのがわかった。


山花:舞ちゃんは馬鹿じゃないよ。頭の良い子だったじゃないか。今日は何年ぶりかでお父さんと話をして、びっくりしているんだよね。


舞:別に。


山花:舞ちゃんも美咲ちゃんの農園を手伝ったんだろう? 子供の頃には舞ちゃんもうちの果樹園に行って、サクランボの収穫を手伝ってくれたものね。よちよち歩きをして、サクランボを食べていたよね。


舞:美咲の農園もサクランボを作っていたんだっけ?


山花:トマトじゃないか? 忘れたのか。それとも手伝っていないのか?


舞:土いじりなんて大嫌いだからね。汚いじゃん。そんなことするわけないやんか。


山花:そうか、まあいいか。アパートのおじさんは相変わらず競馬に行っているかい?


舞:ああ、行っとるんちゃう。


山花:そんなに捨て鉢にならずに、話しておくれよ。舞ちゃんも一緒に競馬に行ったことがあるのかい。


舞:競馬も面白いけど、やっぱり私はパチンコやね。昼間はほとんどパチンコに行っとる。最近は調子いいんや。


山花:それじゃあ、舞ちゃんは今もアパートのみんなと仲良く暮らしているんだね?


舞:あんなおんぼろアパート、とっくの昔に出てもた。


山花:そんな勝手な事、誰に断ってしたんだい。お父さんは許さないよ。


舞:いったいうちの歳を何歳だと思うとんねん。もう23よ。23の娘に向かって、許さないとは何事よ。


山花:言葉が乱暴になっているでしょう。言葉づかいに気をつけなさい。それに舞ちゃんは23歳ではなく、平成4年7月1日生まれで今年28歳になるんでしょ。


舞:そんなの忘れたわ。


山花:舞ちゃんはいくつになっても私の娘じゃないか。私のかわいい娘じゃないか。


舞:おっさんもいい歳なんだから、そろそろ子離れしたらどうなんだい。


山花:おっさんとは何事だ。舞ちゃんのお父さんだぞ。


舞:何が舞ちゃんだ。いい歳した娘をちゃんづけで呼ぶんじゃないよ。自分でも恥ずかしいだろう。


山花:舞ちゃんは、何歳になっても舞ちゃんだ。


(ぼく:いつもは冷静な山花さんだけど、今は完全に頭に血が上っている)


ぼく:まあ、まあ、お二人とも冷静に。久々に会ったんじゃないですか。もう少し楽しい話をしようじゃありませんか。麦川アパートのみなさんは今どうしているかご存知ですか?


(ぼく:ぼくもお調子者だな)


舞:知るわけないだろ、アホ。


山花:先生に向かってアホはないだろう。口を慎みなさい。


舞:知らへんから、知らへん言うてるやろ。


ぼく:舞さんは大阪にお住まいなんですか? 東京とばかり思っていましたが・・・。


山花:東京に住んでいるんだよな。以前、少し大阪に住んでいたから大阪弁が出たんだよな。


舞:ああ、しんど。もう、お金いらへんわ。30分で1万円のお金と言われたから、軽く引き受けたけど、こりゃあ、しんどいわ。もうこれ以上、頭のおかしいおっさんと付きおうておれんわ。何が舞ちゃんだ、このバーカ。ええ加減にせえよ。そもそもな・・・・・


 舞さんの映像が突然切れてしまった。舞さんはもっと話そうとしていたので、舞さんが切ったわけではないことは明白だった。すると、山花さんが切ったのだろうか?


山花:あっ、舞ちゃん、どうしたの。舞ちゃんが画面から消えてしまった。機械にトラブルがあったのかな? 舞ちゃん、聞こえているなら声だけでも聞かせてください・・・。駄目か。先生、今日は何度も機械の不手際があってすみません。


ぼく:いえ、いえ。今日は舞さんのお顔を拝見できただけでも良かったではないですか。元気に暮らしているようですし。


山花:言葉遣いがなっていなくてすみませんでした。


ぼく:舞さんが最後に30分で1万円とか、お金の話をされていましたね。あれは何ですか?


山花:お恥ずかしいお話ですが、今日先生とリモートでお話しするのを嫌がって、話したくないと言い出したもので、お小遣いで釣ったというわけでして。親としては情けないばかりです。


ぼく:最近の若者はみんなあんなものかもしれませんよ。決しておたくの舞さんが特別なわけではありませんから。


山花:先生からそう言っていただけると救われます。あとから舞ちゃんにはしっかりと言い聞かせておきますから。先生に書いていただいたように、もっと愛嬌があって、口がうまくなるようにと。


ぼく:いや、今のままでいいんじゃないですか。


山花:いつまでも放っておいた私共の責任です。近いうちに一回山形に帰そうかと思います。


ぼく:あまり強引にされると反発されますから、じっくりとお話を聞かれた方がいいかと思いますよ。


山花:本日はありがとうございました。これに懲りずにまたよろしくお願い致します。


             つづく

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