表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

9 麦川アパートの場所

9 麦川アパートの場所


 山花さんからメールがあって、また日曜日の午後2時にみんなでリモートで懇談しましょう、という知らせが入った。この人たちは何が楽しくて集まっているんだろうか? おかしなサークルと化しているのだろうか? 彼女たちは麦川アパートの住人の母親ではないことは確かだが、本当に同じ名前の娘がいるのだろうか? 優花の母親は本当に銀座のクラブのママなのだろうか? 葵の母親の背中には見事な緋牡丹の刺青があるのだろうか? どこまでが本当のことで、どこからが嘘なのかわからないし、彼女たちは何をしたいのかもさっぱりわからない。でも、ここまで来たんだから最後まで付き合う必要があるよな気がしてくる。お人好しなのだろうか。それとも優柔不断。どちらも当たっている。加えて、この頃、最後まで見て見たいと思う好奇心が、むくむくと頭をもたげている。小説家魂だろうか? いや、そんな偉そうなものではなく、ただの野次馬根性だ。


山花:みなさん、本日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。縁もゆかりもない私たちが、こうしてお話しできるのも、娘のおかげだと思って、娘には感謝する日々です。同時に、至らぬ娘を小説に書いていただいた先生には、いくら感謝しても感謝しきれないほどでございます。

さて、本日のテーマですが、みなさんで麦川アパートを探して、娘たちに会うための道を見つけてみたいと思っております。


ぼくを除いた全員:賛成。


亜美の母:でも、どうやって麦川アパートを探すんですか? 私たち誰も行ったことがないんですよね。ここは先生から教えていただければ、手っ取り早いんじゃないですか?


山花:先生、いかがでしょうか?


ぼく:あれは小説ですから、麦川アパートはどこかと聞かれましても、返答しようがないんです。そこまで考えていませんでした。申し訳ありません。


山花:先生が謝られることはありませんよ。娘たちが麦川アパートに住んでいるということを教えていただいたのは、先生ですから。それだけで十分です。みなさん、そうでしょう。


優花の母:そうですね。優花は家を出てからずっと消息不明だったのですが、麦川アパートにみなさまのお嬢さんと楽しく暮らしていることを教えていただけただけで感謝しなくてはなりません。無理を言ってはばちが当たりますわ。


全員:そうですね。


山花:では、私たちの娘なので、我々で捜索することにしましょう。先生には適時アドバイスをいただく、ということにさせていただきます。前回の話では、葵さんの息子さんはアパートに行かれたことがあるんですよね。いえ、現在、刑務所に入られていることは承知しています。接見されて、アパートの住所を聞くわけにはいかないのですか?


葵の母:それが、息子が私に会おうとはしないんですよ。しかたないですよね。息子がやくざな道に入ったのも、私が極道をしていたせいですからね。接見は無理だと思います。


山花:それでは、優花さんのお母様はどうでしょう。凄い情報網をお持ちですから、すでにアパートの住所をお知りなのではないでしょうか?


優花の母:私もお客様の警察の上層部の方にお聞きしました。そのお方が調べてくれたのですが、その方をもってしても、麦川アパートの場所を突き止められなかったというのです。不思議なことがあるものです。


明日香の母:では、アパートに押し寄せたテレビ局はどうなんですか?


優花の母:テレビ局の局長さんにも聞いたのですが、現場からまったく情報が上がってこないというのです。


葵の母:麦川アパートをカルト教団の総本山に仕立てた『文芸秋春』の記者はどうなんですか?


優花の母:残念ながら『文芸秋春』にはそんな記者はいないというんです。


葵の母:先生、小説にいい加減なことを書いたんじゃないでしょうね?


ぼく:いえ、小説ですからいい加減なことだらけですから。調べても何も見つからないと思いますが・・・。


山花:先生の責任を追及するのはやめましょう。


葵の母:失礼しました。焦っているもので。


山花:ではここで、妻の圭子から報告させていただきたいと思います。


山花の妻:山花圭子です。私からお話しさせていただきます。なんだかんだ言っても、麦川アパートの手がかりは小説の中にあると思うのです。そこにしかないとも言えます。


全員:そうですね。


山花の妻:まず、最後の場面で麦川アパートのある村を震源地として震度七の大地震が襲いましたね。でも、震度七の地震は、東日本大震災以後、日本のどこにも起こっていません。


全員、頷く。ぼくも頷いてしまう。


山花の妻:それにサッカー場のあるようなピラミッド型の巨大建築の話も、テレビや新聞で今まで聞いたことがありません。ここらは先生の創作ということでよろしいですね?


ぼく:はい、まるっきりの創作です。


山花の妻:では、美咲さんのご出身が群馬県ということで、美咲さんが群馬県から県外に出て行ったと書いてあるので、群馬県は除外できます。


ぼく:そこも私の創作なのですが・・・。


山花の妻:先生は黙って聞いていてください。小説の中で大切な情報は、バスに乗って駅まで出て、それから電車に乗って海まで行ったというシーンです。これを私の住んでいる山形県に当てはめますと、もよりの駅の前にはキャバクラがあるのですから、小さな町の駅ではありません。私たち家族が住む上山市のかみのやま温泉駅には新幹線は止まりますが、駅前にキャバクラはありません。キャバクラがあるのは近くでは山形駅くらいです。そこから電車に乗って海に行くためには仙山線に乗って仙台駅で乗り換えなくてはいけません。このことからも、麦川アパートがあるのは山形県ではありえないと推理できるのです。


亜美の母:いや、お見事ですね。筋の通った推理です。ですが、私は鼻から麦川アパートが山形にあるとは思っていませんでした。みなさんはどうでしょう?


全員:山形にはないでしょう。


亜美の母:先生はどうですか?


ぼく:山形にはないでしょうね。


亜美の母:やっぱりそうですよね。


山花の妻:いえ、私は山形にあるかどうかを論じているのではなく、一つの事例を示しただけです。


(ぼく:事例? 山花さんのおくさんは論じてるの? もしかすると、相当なインテリなのかも知れないね)


山花の妻:このようにしてキャバクラのある駅と、バスと電車を乗り継いで海に行ける街から、麦川アパートの場所を特定してはどうか、と提案しているのであります。


葵の母:難しくてようわからんわ。


山花の妻:では、話を進めますね。

私たち夫婦で、東京にお住いの先生が土地勘のあるだろうと思われる関東地方に絞って調査してみたのです。その中でも、やはり海のある県ということで、神奈川、千葉、茨城の3つの県を候補にあげさせていただきました。東京は海水浴場はないということで外させていただきました。次にこの3つの県に村があるかどうかを調べてみました。萌さんが村長になりましたから、麦川アパートが村に存在することは明白です。


優花の母:さすが、山花さんご夫妻ですわ。よく小説を読み来なしていらっしゃいますわ。推理が非常に論理的ですね。恐れ入ります。


山花の妻:ありがとうございます。

では、この地図をご覧ください。神奈川県には清川村、千葉県には長生村があります。茨城県には東海村と美浦村の2つがあります。萌さんが村長になったということですが、地震もピラミッドもなかったわけですから、萌さんの村長という話も先生の創作ということでよろしいですね。調べても、いずれの村にも萌という名の村長はかつていませんでしたから。


ぼく:はい、創作で構いません。


山花の妻:次に海水浴場ですが、神奈川県には湘南にたくさんの海水浴場があります。そのなかでも、「片瀬東浜海水浴場」は小田急片瀬江ノ島線の「片瀬江ノ島駅」から徒歩約2分にあります。小田急片瀬江ノ島線はJRではありませんが、小説ではJRと断ってはいませんでした。

キャバクラのあるもよりの駅の候補としては、相模大野駅か厚木駅が候補として考えられると思っています。地図で示せば、ここらですね。現在の問題はですね、清川村からバス一本で相模大野駅か厚木駅に行けるかどうかなのです。申し訳ありませんが、まだここは調べておりません。


亜美の母:よくお調べになっていますね。感心しました。


山花の母:ありがとうございます。では、続けて千葉県ですが、千葉県の海水浴場としては外房、わかりますよね、こちらの東京湾側を内房と呼び、こちらの太平洋側を外房といいます。その外房の勝浦市に千葉県内で最も大きな海水浴場の「鵜原海水浴場」があります。最寄りの駅はJR外房線の「鵜原駅」で、駅から歩いて3分です。リアス式海岸の入り江にあり、景観の美しさから「日本の渚百選」にも選ばれているそうです。これは観光パンフレットの受け売りです。

ここの問題点は長生村がこの海水浴場に近く、大きな駅に出る必要がないことなんですね。長生村の駅にキャバクラがあるとは思えません。千葉駅まで行けばたくさんキャバクラがあるでしょうが、それではあまりに遠回りです。ここが難点ですね。


明日香の母:長生村は外していいんじゃないですか?


山花の妻:私もそう思っていますが、とりあえず次に行きますね。茨城県の海水浴場としては、茨城県で1、2の人気を競う「阿字ヶ浦海水浴場」がひたちなか市にあります。ここもひたちなか海浜鉄道湊線の「阿字ヶ浦駅」から徒歩約5分とアクセスがいいです。景観も美しく「東洋のナポリ」と言われているほどです。これも観光パンフレットに載っていたキャッチフレーズで、本当にそう呼ばれているかどうかはわかりません。

さて、もよりの駅ですが、ひたちなか市は人口15万人ですから、駅にはキャバクラの一つくらいあると考えてもいいと思います。もしここだったら、麦川アパートは東海村にあることになるのですが、難点は東海村に原発が存在することが、萌さんが目指している自然エネルギーに合うかどうかですね。ちょっと東海村とは路線が違うんではないかと考えられます。私たちが調べましたことは以上です。


 全員から盛大な拍手が起こった。思わずぼくも拍手をしてしまった。


優花の母:お見事です。感動しました。


山花の妻:恐れ入ります。


亜美の母:これから我々はどうしたらいいのでしょう。清川村と東海村に行って、実地調査することでしょうか? 駅前のキャバクラの調査も必要になってきますね。


山花の妻:最近はストリートビューというものがありまして、ネットに世界中の街の路地の写真が上がっていますので、それで麦川アパートらしきものを探ってみようかと思っています。


亜美の母:山花さんご夫妻はコンピュータにお強いんですね。


山花の妻:いえ、我々ではなく、うちの次男がコンピュータに強いもので、教えてもらいながらやっているんですよ。次男も妹の舞のことが心配なようで・・・。


亜美の母:それは心強い。では、麦川アパートの捜索は、しばらく山花さんご夫妻にお任せしてよろしいんでしょうか?


山花の妻:もう少しお時間をいただければ、少しは場所が判明してくるかと思います。


優花の母:私も山花様にお願いすることに異存はありません。必要な経費が掛かるならば、遠慮なくおっしゃってくださいね。


山花の母:ありがとうございます。お金はかかっていませんから、ご心配しないでください。


優花の母:ところで、みなさま、最近ネットで変な情報が流れているのを、ご存知ですか?


山花:なんでしょう?


優花の母:麦川アパートの全員が北朝鮮に拉致されたというニュースです。


葵の母:それなら私も知っているわ。


優花の母:私はフェイクニュースだと思って放っているんです。公安の人に聞いても、そんな話はないそうですから。


葵の母:そうでしょう。いくらなんでも突拍子もないわよね。どうしてアパートの住人が北朝鮮に拉致されなければならないのよ。


優花の母:ネットの話では、萌さんが優秀らしいからとのことですよ。北朝鮮の再建には萌さんのような優秀な人が必要なんですって。


明日香の母:そもそも萌さんが北朝鮮のスパイだったという説も、ネットで流れていたわね。彼女は信者たちを故郷に返したんではなく、北朝鮮に送り込んだという説もあるらしいわよ。先生、どう思われます。


ぼく:そんなに話を広げられると収拾がつかなくなると思うのですが。ネットの噂はとりあえず無視した方がいいのではないでしょうか。


優花の母:私もそう思っているのですよ。みなさま、北朝鮮拉致説や北朝鮮関与説は一旦無視することにしませんか? ここは山花ご夫妻のようにロジカルに探究した方が、建設的だと思うのです。


全員:賛成。


亜美の母:ネットといえば、もっと面白い話が載っていたわ。萌さんがアメリカのIT長者と結婚したとか、今度萌さんがアメリカの大統領選に立候補するとかいうのよ。萌さん、相変わらず大人気ね。


明日香の母:うちの娘のニュースはないの?


亜美の母:私たちの娘のニュースは皆無。やっぱりスターは萌さんよね。萌さんのような娘がいたらよかったのにね。


葵の母:そんなこと言ったら、亜美さんが悲しむわよ。


亜美の母:冗談だから、冗談。そう言えば、おじいさんのニュースもあったわね。日本の商社マンがブエノスアイレスで会ったんだって。


優花の母:おじいさんなら、ありえそう。


明日香の母:意外と、ネットのニュースは先生が発信しているんじゃないんですか?


ぼく:そんな、そんなことありません。絶対にそんなことはありません。


明日香の母:慌てちゃって。冗談ですよ、冗談。


山花:本日の会合はかなり建設的な方向に進みまして、我々が娘たちに会える日も近いのではないか、と思えるようになりました。そんなところで、本日は閉会に致したいと存じます。みなさん、どうもありがとうございました。これからも先生にはご助力の程、宜しくお願いいたします。


全員:よろしくお願いいたします。


ぼく:はい、わかりました。


    つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ