057_not恋愛前(前日譚)再現忍者、なんか続いた、聖女、3049字
グレイヴェール子爵家について語る者は、誰もがまずアメリアとエリシアという美しい双子の姉妹の噂話に花を咲かせた。妻を病で亡くして間もなく、子爵は新しい妻と、その連れ子であるエリシアを連れてきた。
「エリシアは俺の子ではない」
子爵はそう主張した。しかし、連れてきた義母の前に現れたエリシアの顔立ちは、亡き子爵夫人の面影を残すアメリアと瓜二つだった。
自分の娘とあまりに似ている娘に興味を惹かれた父は、その後義母と再婚したのだった。
だが、周囲の人間、そして当事者である姉妹は、――どう見たって、エリシアは子爵の娘だろうと考えた。
一方、その姉妹の下に長男クリストフがいた。彼は自分の修行や勉強に夢中で、家族の愛憎など眼中になくどうでもよさげだった。父や使用人にねだる品物も少し、いやだいぶ変わっていた。色や太さの異なる丸太、魔法鞄、そして分厚い専門書ばかり。来る日も来る日も特訓と称して庭を走り、丸太を攻撃し、夜遅くまで書斎の明かりを消さなかった。
やがて十六歳を迎えた姉妹は、並みいる貴族令息たちの目を眩ませた。髪や瞳の色こそ違うものの、ドレスもアクセサリーも靴も鞄も、差がつかないよう似たような品が与えられた二人を見た人は、彼女たちを美人な双子と認識していた。
だが、内面には明確な違いがあった。
アメリアは完璧なまでの貴族令嬢として教育され、学問でも作法でも優秀さを誇っていた。
対するエリシアには、貴族教育の不足からか、どこか隙のある愛嬌があった。それが却って、他の堅苦しい貴族令嬢にはない新鮮な魅力として、若き令息たちの心を捉えたのである。
そして姉弟に縁談の時期が訪れ、一時は複雑な人間模様が絡み合った。
アメリアにはダニエル・レイトファン伯爵令息との婚約が整っていたが、当のダニエルはエリシアに心を奪われていた。
エリシアにはライアン・ミルトン子爵令息への嫁入りが予定されていたが、エリシアもまたダニエルを求めていた。
そんな中、最も周囲を驚かせたのはクリストフだった。
10才で入学した学園で、クラスメイトである侯爵令嬢がなぜか変わり者のクリストフに一目ぼれをし、自ら「お嫁にして」と言い出したのだ。
「クリストフのどこがよかったの!?」
家族全員がひっくり返るほどの衝撃だった。もっとも、当の本人は自分の知らぬところで事が進んでいるのを知らず、相変わらず理解できない特訓をし、本に囲まれて暮らしていた。
グレイヴェール家と言えば、美人姉妹であるアメリアとエリシアの噂が社交界の花であり、クリストフが話題にのぼることはほとんどなかった。
しかし、学園内でのクリストフは別の意味で非常に有名だった。学年トップクラスの優秀さを誇りながら、それを遥かに超越した変わり者であり、そしてなぜかそんな変わり者を侯爵令嬢がベタ惚れしている——無視するにはインパクトが大きすぎた。
だが、クラスメイト以外の全校生徒に「クリストフ・グレイヴェールを知っているか」と問えば、名前は知っていてもその姿を知る者はほとんどいない。
本人は、クラスメイトから聞かれると、「それは僕が闇に忍ぶように生きているからだよ」と、意味不明のことを言っていた。
そんな平穏(?)を破るように、教会が不穏な神託をもたらした。
『グレイヴェール家に、聖女様がいらっしゃる』
確かにグレイヴェール領はここ十数年とても安定していて、豊作豊漁で災害も少ない。
世間の多くは当然のように、愛嬌があり人々を魅了するエリシアこそが聖女だと噂した。しかし、父と義母はそれを即座に否定する。「あの子はグレイヴェールの血を引いていない。だから聖女のはずがない」と。
父と義母、そしてアメリアの三人は、正統な血を引くアメリアこそが聖女に違いないと確信していた。
歯車が大きく狂い始めたのは、若者の悪だくみが理性を越えた瞬間だった。
ダニエルとエリシアが婚前交渉の末に身ごもったのだ。
事態を収めるため、ダニエルはアメリアとの婚約を解消し、エリシアと責任を取る形で結婚することが決まった。
そしてアメリアはライアン・ミルトン子爵令息との再婚約へと向かう……はずだった。
しかし、そこに王家が割り込んだ。
第四王子をアメリアの婿としてグレイヴェール家へ婿入りさせ、その際伯爵家に叙爵し継がせるという打診が舞い込んだのだ。
逆らえるはずもなく父は頭を垂れ、ミルトン家には王家から慰謝料が支払われることで手打ちとなった。
第四王子は非の打ちどころのない端正な顔立ちをしており、アメリアとしても悪くない話だ。
だが、ここで一つ大きな問題が生じた。
本来であればグレイヴェール家を継ぐはずだった嫡男のクリストフが、この玉突きによってはじき出されてしまったのである。
クリストフは変わり者だが、昔から真面目に勉強も魔法も領地の仕事も頑張っていた。父と義母は、土下座せんばかりの勢いでクリストフに謝罪した。だが、クリストフは涼しい顔で言う。
「別に気にしなくてもいいですよ。私にはやりたいことがあったのでちょうどよかったです」
彼は家族にそう軽く告げると、さくっと実家との縁を切って平民となり、そのまま国を出て冒険者になってしまった。
もっとも、旅先から気まぐれのように父宛ての手紙や家族へと珍しい土産が届くあたり、本人的には完全に縁を切ったわけでもなさそうだったが。
この一連の騒動における最大の、そしてあまりに不憫な被害者は、ほかでもないクリストフの婚約者
――あの侯爵令嬢だった。
幼い頃に一目ぼれをした愛する人と結ばれ、お嫁に行く日を夢見て毎日健気に頑張っていたのに、ある日突然、王家の都合ですべてを反故にされて。
クリストフが嫡男の座を追われ、平民として国を出てしまったため、彼女の婚約も自動的に消滅してしまったのだ。
彼女が事情を知って駆けつけた時には、愛しい人はすでに名前を変え平民となり、あろうことか国境の向こうへと姿を消した後だった。
「私を置いていくなんてひどいですわ……!」と涙を流す、あまりにもかわいそうな侯爵令嬢の悲恋は、のちに密かな語り草となる。
そして――。
アメリア・グレイヴェールと第四王子の婚礼が華やかに執り行われ、時を同じくしてエリシア・グレイヴェールとダニエル・レイトファンが身を固めた。
すべての祝宴が終わり、平和が訪れたと思った矢先。
教会から、青天の霹靂とも言うべき新たな神託が発せられた。
『王国内から、聖女が消えました』
「どういうことだ!?」
城も、教会も、貴族社会全体が大混乱に陥った。
「結婚したからか?」「処女でなくなったから聖女の資格を失ったのか?」
様々な憶測が飛び交い、人々が頭を抱えた。
だが、真実はまったく別のところにあった。
結論から言えば、この王国で唯一の、そして真の聖女だったのは――遠く国境を越え、今やどこかの荒野で自由気ままに冒険者をしている元貴族、クリストフ・グレイヴェールその人だったのだ。
「え……? あいつ、今どこにいるんだ?」
「……男でも聖女って言うわけ?」
残された家族たちが、遠い空を見上げて絶句したのは、間違いない。




