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053_恋愛(素直な王子)断罪するつもりはない、3673字


 煌びやかな学園の卒業パーティーの席上。王太子が婚約者に対して告げた。


「レイチェル、アリアに度重なる嫌がらせをしていると聞いてるが、いい加減度が過ぎる。君のその行動は王太子妃にふさわしくないぞ」


 周囲を囲むのは、王太子とその側近たち。そして王太子の背後に隠れ、怯えたように涙を浮かべる男爵令嬢アリア。1年前までは平民の庶子だったという彼女は、その庇護欲をそそる愛らしさで王太子をすっかり篭絡していた。


 マナーも知識も拙い彼女は、学園でことあるごとに問題を起こし、その都度レイチェルから「王太子殿下の傍に立つ者としての自覚を持ちなさい」と苦言を呈していた。それをアリアは「いじめられた」とジェレイドに泣きつき、今日のこのお芝居へと至ったのだ。嫌がらせに関しては一切身に覚えはないが、どうせ彼女に巻き込まれた他の者がしたのだろう。


 そんなわけで突然糾弾されたレイチェルだったが、その表情に動揺はなかった。彼女は深くため息をつくと、憐れむような視線を王太子とアリアに向けた。


「……殿下。『美人は3日で飽きる』と申しますわ。たかが可愛いだけの女が、結婚後に王太子妃の重責を勤まるお思いになって?」

「なっ……殿下、あの女アリアを侮辱してますよ!」

「侮辱ではなく事実です。王妃が日々どう過ごされているのか、想像してごらんなさい」

 レイチェルの声は静かに、しかし会場の隅々までよく通った。


「……何?」

 ジェレイドは眉をひそめた。しかし、レイチェルの毅然とした態度に圧され、条件反射的に「母(王妃)の日常」を頭の中に思い浮かべてしまった。


(母上は朝早くから完璧なドレス姿で朝食に臨まれる。

 ……アリアは? そういえば、1時間目の授業やデートに『寝坊しちゃいましたぁ』と髪をボサボサにして遅れてきたことが何度もあったな)


(王とは異なり、王妃は王妃の仕事がある。決裁が必要な書類は山積みだ。それに父から助言を求められた際に応えられるような知識も必要だ。

 ……アリアは? 生徒会の補佐を頼んだ時ですら、『難しくて何書いてるか分かんない〜〜! ジェレイド様やってぇ』と丸投げしてきたな)


(隣国の使節団を迎える時、母上は複数の外国語を流暢に操る。王族たるもの最低でも共通語以外に2か国語は話せないといけない。

 ……アリアは? 必須教科の帝国語の授業でも赤点を取っていたはずだ)


(そういえば、孤児院やスラムへの訪問なんかは王家の慈悲を示す重要な公務だ。

 ……アリアは? こないだ『スラムなんて汚らしくてお洋服が汚れちゃうから、私は絶対に行きませぇん!』と嫌悪感を露わにしていたな)


(母上は社交界において貴婦人たちの頂点に立ち、人脈を操る。

 ……アリアは? 学園でも『他の令嬢に悪口を言われた』『嫌がらせされた』と泣いてばかり。同性の友達が一人もいない彼女に、貴婦人たちのトップが務まるはずがない。)



(……ムリだ。どう考えてもアリアに王太子妃は絶対にムリだろう)


 ジェレイドの背中に冷や汗が流れた。万が一そんなことがあったら国は滅びるかもしれない。


(対してレイチェルはどうか。

 うん、彼女なら、今挙げた全ての公務を完璧に、優雅にこなすだろう。

 ……やっぱり、この国で王太子妃にふさわしいのはレイチェルしかいないな。)


 そこまで考えて、ジェレイドは我に返った。強烈な違和感が彼を襲う。


(……待て、そもそも今この場で自分がしたのは、アリアを虐めたレイチェルに態度を改めるよう釘を刺しただけであって、アリアを王太子妃にするなんて話は一言もしていないぞ? 確かにアリアを『かわいい』とは思ったが、別に彼女を愛しているわけでも、結婚したいと思ったわけでもない。……どこから話がズレたんだ?)


 混乱したジェレイドは、ふと、隣で可憐に涙を浮かべているアリアを見た。

 そもそも、アリアは自分と結婚したいのだろうか?


 ジェレイドはアリアに向き直り、真剣な顔で問いかけた。


「……アリア」

「は、はい? ジェレイド様……?」

「そもそも君、僕が好きだったのかい? もし仮に君と結婚するなら、継承権を放棄して平民になり、おそらく辺境の開拓地へ行くことになると思うが、 ……君はそこに一緒についてくるのか?」


 アリアは目を丸くし、涙も引っ込んで素っ頓狂な声を上げた。

「え……? ジェレイド様何言ってるんですか? わたし王太子妃になれないんですか? 辺境なんて、そんな不便で何もない場所、絶対無理に決まってます! わたし、きらきらしたドレスを着て、お城で贅沢に暮らせるからジェレイド様といたのに……!」


 本音があふれ出たアリアの言葉に、周囲の貴族たちから冷ややかな失笑が漏れる。

 ジェレイドは深く納得し、どこかホッとしたように頷いた。


「そうだよな。よかった」

「えっ……? よかった、って……?」


 呆然とするアリアをよそに、王太子はレイチェルの前へと歩み寄り、その手を取った。

「というわけでレイチェル、何か勘違いしているようだか、私は君と結婚する」

「はぁ!?」と声を上げたのはアリアだ。「な、なんでですか!? 私を守ってレイチェル様を怒ってくれたんじゃ……っ」


 ジェレイドは心底不思議そうにアリアを振り返った。


「なんでって……確かにレイチェルが君に暴言吐いたり嫌がらせしたかもしれない。まぁまだ疑ってはいるんだが、側近たちが事実だって言うからそうなのだと思う。だから今レイチェルに注意しただろう? 君も勘違いしてるようだけど、そもそも私はアリアを王太子妃にするなんて一度も言った覚えはないし、思ったこともない。レイチェルが言うからさっき考えてみたけど、君の能力じゃ絶対に王太子妃は務まらないよ。その点、レイチェルなら何の問題もないからな。それに、君は辺境行きなら無理だと言ったが――」


 ジェレイドはレイチェルを情熱的な瞳で見つめた。

「レイチェル、君ならもし私が辺境行きになっても、ついてきてくれるだろう?」


 問われたレイチェルは、呆れ半分、愛おしさ半分といった様子でフッと微笑んだ。

「当然ですわ。あなたを一人で放り出したら、またすぐに騙されて路頭に迷うに決まっていますもの。まぁ今回は側近に問題があったようですが」


「ほら見ろ! だから私はレイチェルと結婚するんだ。レイチェルは世界で一番かわいいし、私みたいな抜けたところのある男には、レイチェルみたいにしっかりしていて、私が誤った道に進もうとしたときに、分かりやすく諭してくれる人がいないと駄目なんだ。皆もそう思うだろう?」


 熱烈に語るジェレイドを見て、アリアは顔を真っ青にしながらも、必死に食い下がった。


「そ、そんな……! じゃあ、私とのあの時間はなんだったんですか!?」


 すると、レイチェルがふわりと扇で口元を隠しながら、冷ややかな、しかしどこか余裕のある笑みを浮かべて言った。


「あら、アリアさん。ジェレイドがどうしてもというなら、あなたを『愛人』として囲うくらいは許してあげてよくってよ? 側妃ではなく、ただの愛人ですが」

「あ、愛人ぉ!?」


 プライドを粉々にされたアリアが絶句する中、ジェレイドは我知らず漏らした。

「……いや、愛人もいらないな」


「え?」

 レイチェルが少し意外そうに眉をひそめる。ジェレイドは恥ずかしそうに頬を掻きながら、レイチェルにだけ聞こえるような小さな声で打ち明けた。


「実は……確かに私はアリアに目を引かれていたのは事実だ。でもそれは、出会ったときの彼女が世間知らずで初々しかったからなんだ。それが、私たちが初めて出会った時の、緊張していて初々しかった君の姿にすごく似ていて……。私はアリアに、あの時一目惚れした君の姿を重ねてたんだよ。勘違いさせてしまったのなら申し訳ない」


 ジェレイドはレイチェルの両手をぎゅっと握りしめ、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。


「目の前に本物の、こんなに綺麗でかわいいレイチェルがいるんだ。偽物なんて必要ない」

「……ジェレイド」


 レイチェルの頬が、みるみるうちに朱色に染まっていく。普段は完璧で隙のない彼女が見せた、少女のような初々しい照れ顔。それこそが、ジェレイドが世界で一番愛する表情だった。


 周りの生徒たちは、突然始まった王太子夫妻(予定)の熱烈な惚気合いを見せつけられ、やれやれと顔を見合わせている。アリアは完全に蚊帳の外となり、静かにその場からフェードアウトしていった。側近たちも後で罰せられるだろう。


「本当に……あなたという人は、私がついていないと駄目ね」

「ああ、一生離さないでくれ、レイチェル」


 冤罪による断罪劇になるかもしれなかった舞台は、結果として、二人の絆をより深く、強固なものにするためだけの極上のスパイスとなったのだった。


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