051_not恋愛(忘れられた神さま)聖女、1441字
空を覆う分厚い灰色の雲。
それが、私の世界のすべてだった。
私が生まれた国では、聖女は「天上の光を地上に引き込む者」とされていた。同期の聖女たちが次々と眩い光の魔法を操り、人々の病を癒やし、作物を実らせていく中で、私だけが何もできなかった。
私の祈りが呼び寄せるのは、光ではなく、ただの「無色透明な、なんの役にも立たない魔力のさざ波」だけ。
「役立たずの偽聖女」
そう罵られ、私は国の最果てにある、植物も育たない不毛の荒野へと追放された。
誰もいない、風だけが吹き抜ける不毛の地。
そこで私は、ひとつの小さな、崩れかけた古い祠を見つけた。
そこに祀られていたのは、歴史の表舞台から完全に忘れ去られた、名もなき「星の神」の石像だった。
「あなたも、私と同じね」
私は苦笑して、毎日、その石像の前に座って祈りを捧げた。
国にいた頃のような「光を出さなきゃ」という焦りはなかった。ただ、誰も見向きもしないその神さまに、自分のなけなしの無色の魔力を、お供えもののように毎日そっと捧げ続けた。
数ヶ月が経った、ある嵐の夜。
突然、石像が淡い青色の光を放ち、ひび割れて砕け散った。
煙の中から現れたのは、夜空を溶かしたような深い青髪を持つ、美しい青年だった。
『……人の子よ。お前が私を呼び覚ましたのか?』
彼は、かつて世界の夜を支配し、やがて人々に忘れられて力を失った本物の神さまだった。私の「無色の魔力」は、属性を持たないがゆえに、神さまの純粋な器を癒やすのに最適だったらしい。
神さまは、神さまらしく傲慢だったけど、どこか寂しそうだった。
私たちは、荒野の小さな小屋で奇妙な同居生活を始めた。彼は私に世界の本当の美しさを語り、私は彼に人間のくだらない、けれど愛おしい、日々の営みについて話した。
そんな日が続き、とうとう彼が完全に力を取り戻した、ある良く晴れた夜のこと。
私は彼の大きな手を引き、小屋の外へと連れ出した。
「ねえ、神さま。ちょっと目を瞑って、手を繋いでいて」
国の人々は、雲の上の太陽こそが最高の光だと信じていた。けれど、私は彼から教わったのだ。この世界の本当の美しさは、昼の光が去った後にこそ現れるのだと。
私がそっと祈りを捧げる。
国では「役立たず」と言われていた私の無色の魔力が、今度は彼という神の依代を通して、世界中の空へと溶けていく。
空を覆っていた灰色の雲が、私の魔力を中心に押し流されるようにして、ゆっくりと開いていった。
「もういいよ。目を開けて」
神さまがゆっくりと、その深い双眸を開く。
そこにあったのは、見渡す限りの漆黒。
そして、そこに散りばめられた、息を呑むほどに煌めく無数の、数百万の星々だった。
天の川が巨大な光の帯となって、私たちの頭上を流れている。
呆然と、圧倒されたように夜空を見上げる神の横顔を見つめながら、私は胸いっぱいの愛おしさを込めて、小さく微笑んだ。
「神さま、あなたに見せたかったの」
それは、かつて彼が愛し、そして人々に忘れ去られていた、彼自身の美しい世界。
神さまは驚いたように目を見張り、それから、今まで見たこともないような優しい、泣き出しそうな笑顔を浮かべて、つないだ手を強く握り返した。
『……ああ。美しいな、私の聖女』
不毛の荒野に、二人だけの、世界で一番美しい夜が満ちていた。




