050_恋愛(パートナー)2ナオキ視点、領域守護者、3240字
他地区からこの地区に異動してきた僕――ナオキにとって、領域守護者の仕事は生き甲斐そのものだった。
けれど、前いた地区では散々な目に遭った。
恵まれた容姿と、実家が裕福だという事実のせいで、一部の女性たちからは執拗に狙われ、男性たちからは酷いやっかみを受けた。結果、足の引っ張り合いに巻き込まれて任務中に怪我を負い、戦線離脱。復帰を機に、心機一転して知り合いのいないこの地区へとやってきたのだ。
そんな僕の新しいパートナーとなったのが、サクラさんだった。
上司は僕の事情を考慮して、「すでに長年同棲している恋人がいるサクラなら、変なトラブルにはならないだろう」と組ませてくれたらしい。
その判断は、僕にとって救いだった。
サクラさんは僕の容姿や家柄におもねることなく、徹頭徹尾、「仕事のパートナー」として真っ直ぐに僕に接してくれた。戦い方の良いところは正当に評価し、悪いところは「そこ、隙ができてるよ」と容赦なく指摘してくれる。
サクラさんが周囲に「ナオキは優秀なパートナーだよ。戦闘方法はユリアに近くて~」と忌憚なく伝え、積極的に周囲に僕を新パートナーとして紹介してくれたおかげで、ここの上司や同僚たちも、僕を色眼鏡で見ずに一人の仲間として受け入れてくれた。人としてとても誠実なサクラさんに、僕が惹かれるのに時間はかからなかった。
だけど、彼女には同棲しているショウという恋人がいる。サクラさんの口から「パートナー組んでからずっと一緒にいる人がいるんだ」と聞いた時は、胸が痛んだけど諦めるしかないと思った。
――それなのに、だ。
「なぁ、聞いたか? ショウの奴、新しく組んだアヤカとベタベタしすぎだろ」
「そうよね。でも、サクラが何回注意しても『仕事のパートナーだ』『パートナーとしての信頼関係築くためだ』って聞かないらしのよ」
「俺らが言っても聞きもしない。あいつホント何考えてるんだか」
酒の席で同僚たちが愚痴をこぼすのを聞いて、僕は居ても立ってもいられなくなった。あんなに素敵なサクラさんを悲しませて、不安にさせて、おまけに周りの忠告も無視するなんて、どんな神経をしているんだ。
気づけば、手元のグラスを叩きつけるようにして叫んでいた。
「なんでサクラさん、あんな奴と付き合ってるんですか!? 俺だったら……俺だったら絶対、あんな顔させないのに!」
場が一瞬静まり返った後、同僚たちが僕の肩をバシバシと叩いた。
「おうおう、よく言ったナオキ! あんな奴より、お前の方が100倍いい男だわ!」
「そうよ!サクラをあいつから奪っちゃいな!」
その言葉が、まさかこんな形で現実になるとは思わなかった。
1週間後、同僚から緊迫した様子で連絡が入った。
「サクラがショウに別れを告げて家を出た! でも急だったから行くあてがなくて、別地区の実家に帰るって言ってるんだ。ナオキ、お前の家、部屋余ってただろ!? しばらくサクラを泊めてくれ!」
「どこですか? すぐ行きます!」
僕は私服のまま飛び出し、荷物を抱えたサクラさんの元へ駆けつけた。
「パートナーですし、サクラさんですし! うち、部屋めちゃくちゃ余ってますからうち来てください!」そう言ったが逡巡するサクラさんに同僚たちが「いやよ、他の地区に行くだなんて」「とりあえず部屋が見つかるまでナオキの家にいればいい。」「ただの同居だよ!」と強力に後押ししてくれた。
みんな、不誠実なショウに心底ブチ切れていたのだ。サクラさんの死角で同僚の一人が、僕の胸ぐらを掴んで言われた。
「あんた、絶対にサクラのこと泣かすんじゃないわよ!?」
「当たり前じゃないですか!!」
こうして、僕とサクラさんの同居生活が始まった。胸の中では(やったね!みんなありがとう!)と叫んでいたのは秘密だ。
同居といっても、僕たちはプロのパートナー。驚くほど生活リズムがスムーズだった。
お互いに適度な距離感を保ちながら、家事を当たり前のように分担する。サクラさんは最初、「前の家では私が9割くらいやってたから、なんだか申し訳ない」と恐縮していたけれど、5:5で分担するのが我が家のルールだと押し通した。
家事が早く終わる分、時間が余る。
その時間で、僕たちは二人で買い物に出かけたり、映画を見たり、「二人」で過ごす時間を重ねていった。恋人ではないけれど、それ以上に深い何かで結ばれているような、心地いい錯覚に陥る毎日。
そんなある休日、事件は起きた。
キッチンで二人並んで昼ごはんを作っていた時、僕がうっかり熱い鍋に触れてしまい、「あつっ!」と声を上げた。
「大丈夫!? 見せて!」
サクラさんが慌てて僕の手を取り、流水で一生懸命冷やしてくれる。それでも赤くなっている僕の指先を見て、彼女は心配そうに眉をひそめると、優しく息を吹きかけた。
「ふー、ふー……早く治りますように」
そう言って、僕の指先に、ちゅっと小さなキスを落としたのだ。
「あ……っ!」
ハッと我に返ったサクラさんが、顔を真っ赤にして手を離す。
「ごめん、ナオキ! つい昔の癖で……変な意味じゃなくて!!」
パニックになる彼女を見て、僕の中でスイッチが完全に切り替わってしまった。
全身の血が沸騰しそうなくらい熱い。
顔を見せられなくてうつむきながら、でも逃げられたくなくて壁に両手をついてサクラさんを閉じ込める。
「……もうダメです」
「え?」
「責任取って、僕と結婚してください」
「ええっ!?」
困惑するサクラさんの目を見つめながら、距離を縮める。
「付き合うのじゃダメなんです。もし、いつか組織の都合でパートナーを解消されたら、そのまま関係まで切れちゃうかもしれない。僕、そんなの嫌です。誰かに簡単に切られちゃうような、不確かな繋がりじゃ嫌なんです。絶対に切れない、ちゃんとした繋がりが欲しい。だから、結婚してください」
一気にまくしたてると、サクラさんの目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「サクラさん……!? ごめんなさい、急にこんな――」
「違うの、違うのナオキ……」
サクラさんは首を振って、僕の胸に飛び込んできた。
「私も……ずっと同じこと考えてた。またいつか、パートナーじゃなくなったら、次のパートナーの方に行っちゃうんじゃないかって、ずっと不安だったの……っ」
サクラさんを抱きしめる。
彼女の言葉を聞いて、確信した。もう、1秒だって無駄にする必要はない。
その日のうちに、僕たちはそれぞれの実家へ向かった。
突然の「今すぐ結婚したい」という報告に各々の両親とも驚いた様子だったけれど、普段の信頼もあり、反対されることはなかった。
偶然にも僕の実家とサクラさんの実家は、仕事上で古い繋がりがあることも判明した。
「あなたが選んだ相手なら間違いないわ。向こうの家も、とても立派でちゃんとしたおうちだしね」と、両家の親から大賛成の太鼓判を押してもらった。
そこからは、恐ろしいほどのトントン拍子だった。
組織の仕事が本格的に忙しくなる前にと、プロポーズからわずか2週間後、式場が空いてたからと僕たちは式を挙げることに決めた。
式は身内だけでひっそりと。家族と、あの時背中を押してくれた大切な同僚たち、そして事情を知る上司だけを招いた。小さいけど温かくて幸せな結婚式だった。
左手の薬指に光る、お揃いの指輪を見つめる。
ただ一人の男として、一人のパートナーとして、サクラさんは僕を選んでくれた。
「これからもよろしくね、ナオキ」
かわいい笑顔でそう言った妻の、今度はその唇に、僕はそっと誓いのキスを重ねた。
領域を守る仕事も、隣にいる愛しい人も、絶対誰にも渡さない。
たとえパートナーでなくなっても。




