049_恋愛(パートナー)1サクラ視点、領域守護者、2791字
かつて、私とショウは「一対」の領域守護者だった。
領域外の魔獣から街を守る防衛組織。2人1組で死線を潜り抜けるうちに、私たちは自然と惹かれ合い、恋人になった。一緒に暮らし始めた部屋の鍵は、私たちの絆そのものだった。
けれど、互いに実力をつけ、中堅と呼ばれる域に達した頃、組織から通達があった。
「後進の育成のため、それぞれ別のメンバーと組んで欲しい」
私は怪我から復帰してきた実直で礼儀正しい青年 ナオキと。ショウは人懐っこい新人のアヤカと。
同じ地区内ではあるが、担当エリアは真逆になり、遠征や夜勤で私たちの生活リズムは完全にすれ違った。同じ家に住んでいるのに、私が眠る頃に彼が帰り、私が起きる頃に彼はもういないということがザラだった。
それでも、仕事だからと自分に言い聞かせていた。
だからナオキとは固い信頼関係を築きつつも、公私の線引きは厳格に守っていた。それがパートナーへの、そして恋人への誠意だと思っていたから。
だけど、ショウは違った。
遠征から戻る度、同僚たちから同情交じりの視線を向けられた。
「ねぇサクラ、ショウの奴、ちょっとアヤカとの距離近すぎない?」
「向こうの地区じゃ、あの2人が付き合ってるって噂になってるぞ」
ショウとアヤカは、かつての私とショウのように笑い合い、肩を並べて歩いていた。はたから見ればそれは、どう見ても恋人同士の距離感で。
私と付き合っていることを知っている周囲の仲間たちがショウに「サクラの気持ちを考えろ」と苦言を呈しても、彼は「アヤカとは仕事のパートナーだから信頼関係が必要なんだよ」と笑ってあしらうだけだったという。
ある夜、奇跡的にリビングでショウと顔を合わせることができ、私は意を決して切り出した。
「ショウ、アヤカさんとの距離感のことだけど。周りからどう見られてるか分かってる?」
「またその話? サクラ、アヤカはただのパートナーだよ。お前だってナオキと上手くやってるだろ?」
「私はちゃんと仕事としての線を引いてるわ。あなたは……かつての私のようにあの子に接しているじゃない」
「嫉妬? 勘弁してよ。俺たちの絆はそんなに脆くないだろ」
ショウは面倒くさそうに溜息をつき、新聞に目を落とした。
――もう無理かな。
私の中でショウとのつながりが静かに切れるのを感じた。
もうショウは私がどういう風に思っているのか、考えるのも面倒だと思ってる。
相手を思いやるということをしなくなったら、もう今後の関係は今以上になることはありえない。
そんな相手とズルズルと同棲を続ける気なんてない。さっさとこの関係を清算してしまおう。
「……別れましょう、ショウ」
「はいはい、わかった。頭冷やしなよ」
ショウは私が少し拗ねているだけだと信じて疑わなかった。明日になれば、いつものように私が朝食を作っているとでも思っているのだろう。
私はその夜のうちに荷物をまとめ、鍵を机に置いて、思い出の詰まった部屋を出た。
それから3ヶ月後。
私は見違えるほど穏やかな日々を送っていた。
ショウの家を出た後、私を支えてくれたのはナオキだった。彼は私の傷を深く理解し、ただ静かに寄り添ってくれた。仕事のパートナーとして育んだ信頼は、いつしか好意へと変わり、私たちは先週、正式に婚姻届を出して夫婦になった。
正直、こんな短期間でと思わなくもなかったが、ショウとの経験から付き合いの長さが愛情に比例するわけではないことは分かっていたし、なにより仕事のパートナーが切れたら関係が切れるという不安を払拭するため、結婚という形を取ってくれた彼の気持ちが嬉しかった。
休日の午後、私はナオキと手を繋ぎ、領都の賑やかな中央通りを歩いていた。
「今日の夕飯は何がいい?」
「ナオキの得意な煮込み料理が食べたいな」
「いいよ、じゃぁデザートはサクラの作ったアップルパイ!」
「うん。お義母さんにもらったりんご、まだあったよね」
笑い合っていると、突然、前方の路地から大きな声が響いた。
「――おい! サクラ!!」
声の主はショウだった。非番の同僚たち数人と一緒にいた彼は、私とナオキの繋がれた手を見て、顔を真っ赤にして激昂していた。
「お前、何やってんだよ! 浮気か!? 俺という男がいながら、そいつとそんな……ッ!」
ショウが凄い剣幕で詰め寄ろうとした瞬間、彼の後ろにいた同僚たちが、一斉にショウの肩を掴んで怒鳴りつけた。
「おいショウ、お前何言ってんだ!?」
「浮気なわけねぇだろ! お前ら3ヶ月前に別れたじゃんか!」
「は? 別れたって……あれはサクラが拗ねて出て行っただけで……」
「拗ねて出て行くわけないだろ! サクラの引っ越し手伝ったの、俺たちだからな!?」
同僚たちの容赦ない非難轟々に、ショウは呆然と立ち尽くした。
「な、んで……だって、俺たちあんなに長く一緒に……」
「あれだけ俺たちが『アヤカとの距離感を考えろ』って忠告したのに、お前は聞かなかっただろ! 自業自得だ!」
「そもそもな、ショウ」
同僚の一人が、冷ややかな、だけど決定的な言葉をショウに突きつけた。
「サクラとナオキは、先週晴れて結婚して夫婦になったんだよ。 お前と別れてそんで3か月後に交際0日婚、浮気でも何でもねぇだろ」
「え……? けっ、こん……?」
ショウの顔から完全に血の気が引いた。
「式は……? 俺は、呼ばれてない……」
「当たり前でしょ、元カレを呼ぶわけないじゃない」
私は静かに、だけどはっきりと告げた。ナオキが私の手をそっと握り直してくれる。
ショウは知らなかったのだ。
彼が「ただのパートナー」と言い張って距離感を誤っていた裏で、アヤカさんはそれをショウからの好意と受け取り、ショウのことを好きになってアプローチしていたということを。
しかしその後、周囲から「ショウにはサクラという恋人がいる」と真実を聞かされたアヤカさんは激怒。「彼女がいることを隠して思わせぶりな態度を取っていたなんて最低」と、上司に猛抗議してパートナーの変更を申し出たのだ。
3ヶ月経った現在、アヤカさんは別の真面目な先輩と組み、順調にやっている。
そして上司は、ショウの公私混同癖と危機感のなさに頭を抱え、「ショウのパートナーは同性に限る」と決定を下したばかりだった。
仕事の信頼も、人としての信頼も失ったショウは、ガタガタと震えながらその場に崩れ落ちたけど、同僚たちは誰一人、彼を慰めようとはしなかった。
「行こう、サクラ」
「うん」
私は一度も振り返ることなく、愛する夫と共に、温かな我が家へと歩き出した。




