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048_恋愛(選ぶ権利は私にもある)恋に落ちる、ダンパ申込、3306字


 学年で一番仲が良い自信があった。

 周りから「付き合ってないの?」とからかわれても、ルイは照れくさそうに笑うだけだったし、私もそんな関係が心地よかった。


 だから、2年生のダンスパーティの開催が決まったとき、私は当然のように期待していた。ルイが私をパートナーに選んでくれるはずだと。


 ドレスを選び、髪型を考え、ルイからの申し込みを待つ日々。だけど、パーティが来週に迫っても、ルイは一向にその話題に触れようとしない。顔を合わせればいつも通りに笑いかけて話をしてくるのに、肝心な言葉だけが、ルイの口からいつまでも出てこなかった。


「……どうしよう。私から聞くべきなのかな」


 私の勘違いだったのだろうか。そんな不安で胸が押しつぶされそうになっていた放課後、私は忘れ物を取りに教室に戻る途中で、聞いてしまった。

 廊下の角の向こう、同じクラスの男友達と話す、ルイの声を。


「なぁルイ、お前ダンスパーティ誰と行くの? キーラは?」

 男友達の問いかけに、ルイは鼻で笑うように言った。


「あー、俺、絶対自分からは声を掛けないことにしてるんだよね」

「は? なんでだよ。お前らお互い好き合ってるだろ?」

「だってさ、『惚れた方が負け』って言うだろ。今ここで俺から頭下げて誘ったら、主導権握られるじゃん。それにさ、もし将来あいつと結婚した時、『お前が告白してきたんだろ』って言えた方が立場的に有利になるだろ? だからキーラがしびれを切らして誘ってくるのを待ってるわけ」


 その会話を聞いて、冷たい氷水をぶっかけられたように一瞬で頭も体も冷えていった。


 ――あぁ、だからパートナーに申し込んでくれなかったんだ。


 すべてが腑に落ちたと同時に、私の中で何かが音を立てて崩れ去った。

 好きだったはずのルイの横顔が、急にひどく幼く、器の小さい、つまらないものに見えてくる。


(何が勝ち負けよ。何が結婚した時の立場よ……ばかばかしい

 申し込みは男性側からするもの、って思い込んでたから救われたわ)


 怒りすら湧かなかった。ただ、一瞬で恋心が冷め、深い深い失望だけが胸に残った。

 私は足音を立てないよう、静かにその場を去った。



 翌日の放課後、私は図書委員の当番で図書室にいた。静まり返った室内で、黙々と本を棚に戻していく。

 

 今日は一日中、パートナーをどうしようか考えていた。もうこの時期だ。ほとんどの人がパートナーが決まってるだろう。誰かいい人いるだろうか。そんなことを考えていたその時だった。


「あの、キーラちゃん」


 声をかけてきたのは、1つ上のニック先輩だった。いつも穏やかで、頭がいい、私が密かに尊敬している人。試験前によく勉強を教えてもらっていた。


 振り返った私が見たのは、耳の裏まで真っ赤にして、持っている文庫本を小刻みに震わせているニック先輩の姿だった。いつも冷静な先輩が、見たこともないくらい緊張している。


「もしまだ……その、ダンスパーティのパートナーが決まってなかったら、俺と、パートナーになってほしい、です」


 その瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 ルイの言っていた「勝ち負け」なんて微塵もなかった。ただ、一生懸命に私に向き合って、勇気を振り絞ってくれた。その姿が、誰よりも輝いて、かっこよく見えた。


 私は一歩踏み出し、ニック先輩の目を真っ直ぐに見つめて、心からの笑顔で答えた。


「先輩、まだパートナー決まってなかったんですか? 先輩モテるから、もうとっくに決まっちゃってると思っていました。 ――こっちこそ、私のパートナーになってください!」


「えっ……!?」


 ぱっと顔を輝かせたニック先輩の嬉しそうな表情を見て、私は確信した。

 私の選択は、絶対に間違っていない。



 その後、ルイが教室で思わせぶりな態度をしかけてきたけど、私から声をかけることは二度となかった。


 というか、あの図書室での申し出があってからというもの、ルイのことなんて本当にどうでもよくなっていた。私の頭の中は、文字通りニック先輩一色に染まっていた。


 自分でも現金なものだと思う。以前はルイのことを「いいな」と感じていたけれど、結局はその程度だったのだ。あの頃の淡い気持ちと今を比べると、ニック先輩への想いこそが本当の「好き」なのだと胸を張って言える。


 それはきっとやっぱり、ニック先輩が私のために、あんなに一生懸命に声を震わせて申し込んでくれたからだと思う。


 私はあの瞬間、生まれて初めて、家族以外の誰かを「特別な人」という枠に入れたのだと思う。

 そう自覚してからは、もう意識せずにはいられなかった。ニック先輩のことが、一日中頭から離れなくなってしまった。


 リビングで上の空な私を見て、兄は「お前、今更初恋かよ」と盛大に笑ってきたけれど、全然気にならなかった。両親も以前ニック先輩と勉強会をしていたことを知っていたから、私が「パーティの髪型はどうしよう、アクセサリーはどうしよう」と本気で悩む姿を、「頑張りなさい!」と全力で応援してくれた。


 そして、待ちに待ったパーティ当日。


 迎えに来てくれたニック先輩を見た瞬間、私は息を呑んだ。

 いつもかけている眼鏡を外し、仕立ての良いスーツでびしっと決めた先輩は、普段の知的な雰囲気とはまた違って、直視できないほど格好よかった。あまりの素敵さに言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしてしまう私に、先輩は照れくさそうに、「今日のキーラちゃん、すごいきれいでドレスもとても似合ってる」と優しく笑って言ってくれた。


 パーティ会場に向かう道中も、会場に着いてからも、先輩の私へのエスコートは驚くほど丁寧だった。

 歩幅を合わせてくれ、さりげなく誘導してくれる手つき、私を気遣う視線。そんな細やかな優しさに触れるたび、先輩への愛しさがまた募っていく。


 会場の入り口で、ふとルイの姿をちらっと見かけた。誰かパートナーと待ち合わせでもしているのだろうか。……まあ、今の私には本当にどうでもいいことだ。そんなことより、隣にいるニック先輩が格好よすぎて、私の心臓のバクバクがさっきから一向に止まらない。どうしよう。


 会場に入ると、周りの友達が一斉に驚いた顔をして私たちを見た。だけど、すぐにみんなが満面の笑みで駆け寄ってきてくれた。

「キーラ、すっごい綺麗!」「おめでとう、本当に良かったね」「二人の雰囲気、すっごくお似合いだよ!」

 心からの祝福の言葉が嬉しくて、「ありがとう」って返しつつ、思わず涙ぐんでしまった。


 夢のようなダンスパーティが終わり、夜風が心地よい帰り道。

 ニック先輩は立ち止まり、私の目を真っ直ぐに見つめて、少し緊張した面持ちで口を開いた。


「キーラちゃん。俺と、付き合ってほしい。……そして、来年キーラちゃんが卒業したら、俺と結婚してほしいんだ」


 ――えっ、プロポーズ……!?

 

 付き合ってほしいからの、まさかのプロポーズ。この1週間の怒涛の展開に頭が真っ白になり、本当に息が止まりそうになった。


 私史上、一番かわいらしい笑顔で「はい!」って答えたいのに、嬉しさと感動で視界がじんわりと滲んで、涙がこぼれそうになる。

 必死に涙を堪えながら、私は先輩の胸に飛び込むようにして、心からの返事を伝えた。


 その後、先輩はそのまま一緒に我が家まできてくれて、私の両親にしっかりと挨拶をしてくれた。真摯に未来の約束をしてくれる彼の姿を見て、両親も本当に嬉しそうだった。



 あれから、何年もの月日が流れた。


 今振り返っても、あの時、廊下の角で聞いた「勝ち負け」や「立場」を気にするような恋なんて、やっぱり本物じゃないと断言できる。駆け引きをして主導権を握ろうとする関係に、本当の幸せなんてあるはずがない。


 大切なのは、相手を心から敬い、真っ直ぐに向き合うこと。

 お互いを心の底から尊重し合えるパートナーと結ばれた私は、今、これ以上ないほどに幸せだ。


昔書いた話はルイ視点だったのに、書き直したらキーラ視点になって、話の終わりにルイが消えてしまった。。

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