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005_異世界_決別(誰かの影)


 日の光がやけに眩しい朝だった。

 村の広場には、大勢の村人が集まっている。その中心にいるのは、神託によって勇者に選ばれ、今日この村を旅立つパットだった。


「元気でね、パット。絶対に、絶対に帰ってきて」


 ヘレンはボロボロと涙をこぼし、パットの手を握りしめていた。

 パットはそんな彼女を愛おしそうに見つめ、力強く頷く。


「ああ、約束する。必ず戻ってくるよ、ヘレン」


 少し離れた場所から、僕は、二人の別れを冷めた目で眺めていた。

 幼なじみの3人組。けれど、いつだって中心にいたのはパットで、それに寄り添うのが可憐なヘレンだった。僕はいつも、二人の影に隠れたその他に過ぎなかった。


 風が吹き、パットが背を向けて歩き出す。

 ヘレンは彼が見えなくなるまで、何度も名前を呼びながら泣き続けていた。



 その日の夕暮れ時。

 村の外れにある高台で、まだ涙の跡を残したヘレンが、僕の隣でぽつりと言った。


「ジャン…… 多分、パットはもう二度と、この村には戻ってこないと思うの。そんな気がするんだ」


 僕は少し驚いて彼女を見た。

「どうして? あいつ、出発の直前にも『必ず戻る』って言ってただろ。」


 知っていた。旅立ちの前夜、パットがヘレンに「すべてが終わったら結婚しよう」と約束していたことを。村の狭い噂なんて、すぐに僕の耳にも届いていた。


「口では何とでも言えるわ」

 ヘレンは夕日に染まる空を見つめたまま、乾いた声で笑った。

「パットは勇者になったのよ。世界を救う英雄になるの。そんな人が、こんな何も無い小さな村の、ただの女の子のもとに帰ってくるはずないわよ」


 彼女の予感は、妙に現実的で、そして酷く冷めていた。僕はそれ以上、何も言えなかった。




 数年の月日が流れた。


 噂は、風に乗って村へと届いた。

 勇者パットはついに魔王を討伐し、世界に平和をもたらした。そして、この国の美しき王女さまと結ばれ、次期国王としての道を歩み始めた、と。


 村中が英雄の誕生に沸く中、僕は村の酒場で一人、静かに酒を飲んでいた。そこへ、すっかり大人になったヘレンがやってきて僕の向かいに座った。


「ね、言ったとおりだったでしょ?」


 ヘレンは自嘲気味に笑った。その目に涙はなかった。最初から分かっていたというような、諦めの笑みだった。

 彼女は机越しに僕の手をそっと握り、真っ直ぐに僕の目を見つめた。


「ねえ、ジャン。私と結婚してくれない?」


 一瞬、時が止まった気がした。


「パットはもう戻らない。私はこの村で生きていくわ。 ……ずっと一緒にいたジャンなら、私のことを分かってくれるでしょう? 私たち、お似合いだと思うの」


 彼女の目は、僕を見ていた。けれど、その瞳の奥に映っているのが僕ではないことを、僕は痛いほど察してしまった。

 パットが手に入らないから。一人でいるのは寂しいから。勝手知ったる都合のいい男が、ちょうど目の前にいるから。


 僕は、握られた彼女の手をそっと、しかし拒絶の意思を込めて引き抜いた。


「悪いけど、それはできない」


 ヘレンは、信じられないというように目を見開いた。僕なら、いつでも自分を受け入れてくれると疑っていなかったのだろう。


「どうして……? 嫌、なの?」


「嫌とかそういう問題じゃないんだ」

 僕は一息つき、淡々としたトーンで告げた。

「僕、先月隣の村の子と婚約したんだ。もう結婚が決まってる」


「え……?」

 ヘレンの顔から血の気が引いていく。


 ―― あの子は、パットのことなんてこれっぽっちも知らないし、僕がただの『村人のジャン』でも好きになってくれたんだ。僕を誰かと比べることもない。


 そう言いたいのを飲み込んだ。

 僕は立ち上がり、上着を手に取った。

 

「ごめん。そういうことだから、もう二人では会えない」


 ―― 誰かの代用品になってやるなんて、僕はまっぴらごめんだよ。


 呆然と立ち尽くす彼女を置き去りにして、僕は酒場を出た。


 夜風が心地よかった。もう二度と、誰かの影を生きる必要はない。僕は僕の人生を歩むために、幼なじみと決別した。


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