↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/63

005_恋愛(神さまはいない)魔王と聖女の逃避行、2230字


■神さまはいない



神さまはいない。

私の欲しいものが手に入ったことは、今まで一度もないのだから。


――その代わり、欲しくないものは望まずとも与えられたけれど

 (王太子との婚約なんて、本当はしたくなかった)



神さまはいない。

私の努力が報われたことは、何一つとしてないのだから。


――その代わり、してないことをしたって言われたけれど

 (公爵令嬢を階段から突き落とした覚えなどない)



神さまはいない。

私を愛してくれる人は、世界のどこにもいないのだから。


――その代わり、知らない人でさえ私を嫌いというけれど

 (王都の誰もが、私のことを『希代の悪女』と蔑んだ)



 だから、神さまはいない。



 そう結論づけて、私はこの世界を諦めていた。

 聖女としての力を持ちながら、誰からも信じられず、偽物だと罵られ、最後には暗い地下牢へと閉じ込められた私は、ただ静かに死ぬのを待つだけの存在だった。





■理不尽のその先で


 けれど、世界はどこまでも理不尽にできている。



 ある日突然、地下牢の天井が崩落した。巨大な地響きとともに現れたのは、真っ黒なローブを羽織った、一人の青年だった。


「……なんだ、ここにいたのか」


 彼の名はルキ。この世界で『魔王』と呼ばれ、人々から恐れられている存在。皮肉なものだ。聖女である私を救い出したのが、よりにもよって、世界の敵である魔王だなんて。


「私は聖女じゃない、偽物よ。それに、私に関わるとあなたまで世界に嫌われるわ」

「そんなこと知るか。俺は元から世界中に嫌われてる」


 ルキは乱暴に私の腕を引くと、暗闇の中から引っ張り出した。




 それからの旅は、奇妙なことの連続だった。

 私は自分の不運を知っていた。だから、行く先々でトラブルに巻き込まれるたび、「やっぱりね」と笑った。欲しいものは手に入らないし、努力は裏切られる。それが私の世界のルールだから。


 けれど、ルキは違った。


「欲しいものがあるなら、手に入るまで奪いに行けばいい」

「お前の努力を認めない奴らは、俺が全員ぶっつぶしてやる」

「世界中がお前を嫌うなら、俺がお前以外のすべてを嫌ってやる」


 彼は不器用で、口が悪くて、優しさのかけらもないような言葉ばかりを選ぶ。

 なのに、私が「おいしそう」と小さく呟いたお菓子を、翌朝には無造作に放り投げてくれた。



 そして、彼がどれほど強くても、万能ではないことも知った。

 彼は毎晩、強すぎる自身の魔力に身体を蝕まれ、苦しそうにうなされていた。世界を滅ぼすと言われるその力は、彼自身にとっても痛みを伴う呪いだったのだ。


 私は宿の片隅で、こっそりと夜通し紐を編んだ。彼の魔力の暴走を少しでも抑えられるようにと、祈りを込めて。


 翌朝、机の上に置かれたいびつな紐を見て、ルキは眉をひそめた。


「……おい、これはなんだ」

「えっと……魔除け、です。あなたの魔力を少しだけ抑えて、身体が休まるようにって。……迷惑でしたか」


 恥ずかしくなって回収しようとした私の手を、彼が止める。ルキはその紐をひょいと取り上げると、自分の剣の柄に、解けないようにきつく結びつけた。


「誰も迷惑だなんて言ってない。……これで少しは、マシに眠れそうだ」


 彼はふいっと顔を背けたけれど、その耳の端がほんのり赤くなっていた。

 私がこっそりした夜の努力を、彼は確かに受け取ってくれたのだ。




 私が「どうして私なんかと一緒にいるの?」と尋ねたとき、彼は私の頭を痛いくらいに小突いて、こう言った。


「お前がそこにいて、俺がここにいたいからだ。理由なんかそれだけで十分だろ」


 その瞬間、私の胸の奥で凍りついていた何かが、音を立てて崩れていくのが分かった。



 私は今まで、空の上の綺麗な椅子に座っている、全知全能の完璧な存在ばかりを探していた。


 求めてもくれない、報いてもくれない、愛してもくれない、そんな冷たい幻を「神さま」と呼んで、呪っていたのだ。





■神さまはどこ


 それでも世界が私たちを追い詰める。


 聖女がいなくなって結界が消え、土地は枯れ果て、ようやく世間は聖女(わたし)の力に気が付いたよう。

 聖女を奪還しようとする国軍と、魔王を討伐しようとする英雄たちが、私たちの前に立ちはだかる。



「諦めろ」と世界が囁く。お前は何も手に入れられず、誰からも愛されないまま終わるのだと。



 だけど、私の手を握るルキの手は、驚くほど熱かった。彼は私の編んだ紐が結ばれた剣を抜き、世界を睨みつけ、私の前に立ちはだかる。

 その背中は、どの騎士よりも大きくて、頼もしかった。



 私は知っている。彼は完璧な存在じゃない。傷つくし、怒るし、私のために世界を敵に回すような、バカな人だ。

 でも、彼は私を見つけてくれた。私の努力を見ていてくれた。そして、世界中の誰よりも私を――




 眩い光が私の中から溢れ出す。それは偽物なんかじゃない。ただ、彼を守りたいと願う、聖女(わたし)の祈り。



 光の中で、私は彼の背中を見つめながら、心の中で静かに呟いた。



 私の欲しいものは、もうここにある。

 私の努力は、この人の隣にいることで報われた。

 私を愛してくれる人は、今、私のために戦っている。



 だから――




 神さまはここにいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。