046_別れ(愛されない私は卒業)婚約解消、2463字
「話し合えば分かる」
周囲のその言葉を信じて、私はどれほど惨めな努力をしただろう。
私の婚約者となった若き伯爵 レナード様は、出会った当初から私に冷たかった。
向こうからの申し出であったはずなのに、目が合えば逸らされ、話しかけても生返事ばかり。公の場では義務を果たすように私のエスコートをするものの、その手からは何の温もりも感じられなかった。
婚約者となったからにはと、彼に好かれたくて、私は私なりに必死に頑張った。
彼の周りの人に話を聞いて、彼の好みのドレスを着て、彼の好きなお菓子を焼いて、共通の話題を作ろうと彼の興味があるという話題の本を必死に読みこんだ。それでも、彼の態度は何一つ変わらなかった。
傷つき、疲れはて相談した私に、身内や友人は口を揃えて言った。
「コミュニケーション不足よ。あなたからも歩み寄ってあげなさい」
「レナード様も、不器用なだけで何か事情があるのかもしれないわ。」
私は私なりに頑張ってみたけど、あと何ができる?
……事情? 私をこんなぞんざいに扱う事情って何?
意を決して、私は何度も彼に話し合いを求めた。
「レナード様、少しお時間をいただけますか。私たちのこれからのことを……」
「すまない、今は忙しい。また今度にしてくれ」
彼はいつも、そう言って視線をそらし、言い逃れ、私から逃げ続けた。
そして、ある日の夜会で、ようやく、やっと、その「事情」とやらが分かった。
夜会のテラスで、私は偶然、レナード様が友人の貴族と話しているのを耳にしてしまったのだ。
「レナード、いつまで婚約者の令嬢を放っておくんだ? 流石に冷たすぎると噂になっているぞ」
「……仕方ないだろう。彼女の家の派閥には、王位継承に絡むきな臭い動きがある。私が彼女に深入りすれば、我が家まで巻き込まれかねない。全容が解明されるまでは、彼女を遠ざけて警戒するしかなかったんだ」
「なるほど、お前の実家を守るための苦肉の策か。事情があるとはいえ、彼女には酷だな」
「すべては家のためだ。彼女を嫌っているわけではない。事が解決すれば、ちゃんと説明して謝るつもりだ」
物陰でそれを聞いた私は、頭の芯が冷えていくのを感じた。
なるほど。彼には彼なりの正当な「事情」があった。
実家を守るため、スパイかもしれない私を警戒し、あえて冷たく接していた。
周囲の人々が知れば、「ほら見なさい、彼にも深い事情があったのよ。許してあげなさい」と言うのだろう。
──でも、だから何だというのだ。
事情があれば、人を傷つけても許されるの?
必死に婚約者として歩み寄ろうとした私の努力を踏みにじってもいいの?
不安で眠れぬ夜を過ごさせた私の気持ちは、彼のその『高尚な事情』の前には無価値なの?
そんなはずはない。
そもそも彼の事情なんて、私にはこれっぽっちも関係ない。
私を信じず、話し合いからも逃げ続け、ただ自分の保身のために私を放置した。それが彼の選んだ答えだ。
私は静かにテラスへ足を踏み入れた。
「──その必要はありませんわ、レナード様」
「っ、エレナ……!? いつからそこに……」
青ざめるレナードを見据え、私は薬指の指輪を外し、彼の足元へ落とした。
「我が家の疑惑に関わっていたのは、分家の一部。私の父も私も、すでに国王陛下に潔白を証明し、調査への協力を終えています。あなたが実家を守るために私を犠牲にしたように、私も私の意志で、あなたを切り捨てます」
「待ってくれ、エレナ! 私は君を護るためでも──」
「言い訳は見苦しいですわ。私との婚約解消の手続きをしますので、ご承認よろしくお願いいたします」
縋りつこうとする彼の手を振り払い、私は背を向けた。
胸を突き刺していた痛みが、嘘のように消えて、信じられないほど心が軽かった。
数ヶ月後。
レナードは私への不実と、我が家への不当な疑念を抱いたことで社交界での信用を失い、つまはじきされるようになったよう。必死に復縁を乞う手紙を送ってきたが、最初の手紙以外すべて読まずに捨てた。
──そして、あの時「話し合えば分かる」「歩み寄れ」と口を揃えていた身内や友人たちもまた、手のひらを返したように私の元へ群がってきた。
「エレナ、お前の言う通りだったよ。まさかレナード卿がそこまで身勝手な男だったとは……。実家を守るためとはいえ、婚約者をあそこまで蔑ろにするなど貴族の風上にも置けん!」
「そうよエレナ! 私たちもあなたのことを心配していたの。まさかあんな『事情』があったなんて思わなくて……不器用なんて言葉で済まされることじゃないわ、本当に酷い男ね!」
そう、私の元を訪れては口々にレナードを非難し、さも最初から私の味方であったかのように振る舞う彼らを見て、私は冷ややかな笑みで対応した。
私が傷つき、ボロボロになりながら相談した時、彼らは何と言った?
私の努力が足りない、コミュニケーション不足だ、レナード様を理解してあげなさい、と。
ただ綺麗事で私を追い詰めたのは、他ならぬ彼らだ。
無責任な言葉で私を傷つけた者たちを、私はレナードと共に私の人生から完全に締め出した。
だって、今の私にはそんなものを気にする暇はない。
「エレナ、今日の髪型もとてもよく似合っている。……あまりに美しくて、他の男に見せたくないな」
そう言って私の手をとり、愛おしそうに指先にキスを落としたのは、隣国の第二王子・アルフレッド様。
婚約解消後、傷心の私を救い、一人の人間として真摯に向き合ってくれた人だ。
彼は私の言葉を無視しない。忙しくても必ず時間を作り、目を見て話し合ってくれる。
「ありがとう、アルフレッド様。あなたと出会えて、私は本当に幸せです」
私を大切にしない人の事情なんて、知ったことではない。
私は今、私を心から愛してくれる人と共に、幸福の中にいる。




